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フルトヴェングラーのモーツァルトは録音が少ないが、戦前の『フィガロの結婚』と『後宮からの逃走』序曲などを聴くと、オペラの幕開けにふさわしい音楽が生きいきと奏でられており、とても魅力的だ。戦前のモーツァルト録音すべてと、彼の音楽を敬愛したR. シュトラウスの作品も一緒に収めたDGG LPM-18960は、素晴らしい選曲である。シュトラウスはフルトヴェングラーが得意にした交響詩2曲を片面に一曲ずつでモーツァルトと組み合わせている。

モーツァルトのセレナード第13番ト長調 K. 535『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は、戦前のベルリンフィルと戦後のウィーンフィルとの、2種類の商業録音で楽しむことができる。人気のある曲目なので、もしかしたらレコード会社によるリクエストで選曲されたのかもしれないが、録音嫌いだった時期に、フルトヴェングラーが同じ曲を2回もスタジオ録音したのはなぜだろうか。ナチスに協力した疑いで演奏停止処分を受けた終戦直後は、収入が途絶えて経済的に困窮したと伝わっているので、好きではなかったレコード録音に応じたと思われる。

2つとも明るくて健康的で、どちらもアンサンブルがしっかりとした丁寧な演奏である。第1楽章の楽器の音量バランスとリズム感の良さ、第2楽章の暖かさと陰影のある表現が印象的である。全曲を通して、曲の構成に合わせた絶妙なテンポのコントロールが素晴らしい。短い曲なのにベルリンフィルの録音日数がたくさんかかったのは、多分、緻密に造り上げた第2楽章に時間をかけたからではないだろうか。名曲故の難しさによるものだろう。何度も演奏してきた名曲といえども妥協しないで丁寧に愛情を込めて演奏をしたのが伝わってくる。少し長目に伸ばされた最後の響きの豊かな和音を聞き終えると、素晴らしい音楽を聴いた満足感に浸ることができる。戦前録音の白眉の一つだと思う。戦後の録音の方は交響曲第40番ト短調 K. 550と一緒に一枚に収められた英EMIのALP-1498や仏EMIのFALP-30.033を聴くと、録音技術が進歩して鮮明な録音になっており、聴きやすい。ウィーンフィルらしい美しさも聴くことができる。LPでは時折聴かれる暖かい表情がとても心地よく聴くことができる。これこそがフルトヴェングラーらしさであると思う。

モーツァルト:セレナード第13番ト長調 K. 535『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
●1936年11月30日、12月22日、1937年7月7日 ベルリンフィル ベルリン高等音楽院講堂 ポリドール・スタジオ録音

●1949年4月1日 ウィーンフィル 楽友協会 EMIスタジオ録音

知人に『アイネ・クライネ』の戦前録音78回転盤を聴かせていただく機会があった。その時、同時期にブルーノ・ワルター指揮ウィーンフィルによって録音された同じ曲も聴かせていただいた。あらためてワルター盤を聴いて最初に思ったのは、基本テンポが、戦後にフルトヴェングラーがウィーンフィルと録音したテンポとよく似ていることである。

モーツァルトを演奏するウィーンフィルのプライドは相当なものだと想像できる。2人の名指揮者でさえも、自分のやりたいことをウィーンフィルに完全に求めることはできなかったのではないだろうか。恐らく、二人の巨匠達は、ウィーンフィルの素晴らしさを生かすために、自分のやりたいことを押しつけずに、協力する姿勢で取り組んだであろう。ウィーンフィルの2つの演奏は、この曲のスコアーに書かれたフォルテとピアノの音量差がとても少ない。それに対して、ベルリンフィルの演奏は強弱がはっきりとしていて楽譜通りに聞こえる。もしかしたら、フルトヴェングラーは、録音した直後に、録音を聴いて強弱に不満を感じて、繰り返しの録音を求めたかもしれない。ベルリンフィルの演奏は、とても繊細な弱音の表現が上手で、例えば、フォルテにしても色々な表情と音量があり、その力強い表現に至る過程が、微妙なテンポの変化と組み合わさった結果、より自然な流れを獲得している。ブルーノ・ワルターが、一つのフレーズを頭からしっぽまで美しく形作っているのは見事だが、全体の構造を意識した流れの良さは、フルトヴェングラーに軍配が上がる。しかも、ワルターの演奏は、アンサンブルがまとまっていない部分が幾つかある。第2楽章第66小節目の和音がいいかげんだったり、終楽章の終結部が上手く整理しきれていなかったりなど、節目ごとの決めが甘いところがいくつもあるのだ。フルトヴェングラーによるウィーンフィルとの演奏では、戦前録音よりもゆっくりのテンポで決めるべきところをきちんと決めてまとめ上げたが、ベルリンフィルの時ほど、調の変化による歌い方の変化などが徹底していない。

戦前に、明るく旋律が聞こえるワルターの演奏が高く評価されたのは、もしかしたら録音技術が発達途上だった78回転盤では聴き映えが良かったからかもしれない。しかしながら、「小夜想曲」という日本名から連想されるような、小品らしい明るさと、対照的な夜のような陰影を演奏に取り入れながら、より繊細に楽譜が求める表情が素晴らしいベルリンフィルの演奏は、より作品自身の要求に応えた演奏だと思われる。フルトヴェングラーの全録音を見渡しても、このベルリンフィルとの演奏の完成度は、かなり高い。。

『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』が弦楽器のアンサンブルを楽しめるのに対し、『グラン・パルティータ』は、管楽器のアンサンブルを楽しめる。こちらも録音日数がかかっているが、楽章毎のテンポが全体の流れの中で適切に設定されていて、変化に富んでいて長い曲でも一貫性があるように感じる。初めて聴いたときには、「何と上手い演奏者達なんだろう」という第一印象だった。わくわくするような演奏に注意深く耳を傾けると、リード楽器らしい暖かい豊かな響きが、曲のどの部分でもテンポ感と一致しており、作品に対する演奏者と指揮者の共感によって生まれた音楽なのが分かる。また、フルトヴェングラーが指揮をしながら歌ったり足を踏みならす様子も録音に入っていて、好調だったようである。SP盤では、録音日が異なることから生じたピッチの違いがあるが、CDとLPでは修正されている。CDとLPの中には、同じ録音を使ってSPには収録していないリピートをしているのがあるが、大きな問題ではないだろう。『巨匠 フルトヴェングラーの生涯』(ヘルベルト・ハフナー著 最上 英明訳 アルファベータ)には、この曲について、ピアニストのバドゥラ=スコダへの2001年5月12日のインタビューが紹介されている。

「発売直後、私はヨーゼフ・クリップスと路上で会いました。「フルトヴェングラーの『十三楽器ためのセレナード』(グラン・パルティータ)はもう聴きましたか。すぐに手に入れなさい。偉大な演奏です」といわれました。この偉大なモーツァルト指揮者が、すっかり興奮していたのです。この録音は今でも凌駕できないドキュメントです。共演者もとても素晴らしい方々です。レオポルト・ウラッハのクラリネット、カール・エーベルガーのファゴット、ハンス・カメシュのオーボエ…」

モーツァルト:セレナード第10番変ロ長調 K. 361『グラン・パルティータ』
●1947年11月10, 19, 26日、12月3日 ウィーンフィル ブラームスザール&ムジークフェライン EMIスタジオ録音


写真:
.癲璽張.襯箸離薀ぅ侫泪好。ウィーン郊外のバーデンにあるローレット博物館所蔵。
戦前のモーツァルトの商業録音すべてとR. シュトラウスを収めた一枚DGG LPM-18960
モーツァルトのセレナーデ第13番『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』 独DGG 30 576EPL
モーツァルトの『フィガロの結婚』序曲と『後宮からの逃走』序曲 独DGG 30 172EPL
ァ悒▲ぅ諭Εライネ・ナハトムジーク』と交響曲第40番ト短調 英EMIのALP-1498
Α悒哀薀鵝Ε僖襯謄ータ』独エレクトローラ 1C 047-0124M