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1944年6月2-3日 ウィーンフィル 楽友協会 (RRG録音)
*1949年2月8日演奏とされたのと同じ録音

1948年12月7、8日(6面中の1, 2, 5, 6面) 49年2月17日(6面中の3, 4面)ウィーンフィル 楽友協会 EMIスタジオ録音

1949年6月10日 ベルリンフィル ヴィースバーデン国立劇場 ヘッセン放送(フランクフルト)収録


<プログラム>
1949年6月10日 ベルリンフィル ヴィースバーデン国立劇場 ヘッセン放送(フランクフルト)収録
・プフィッツナー:『パレストリーナ』から3つの前奏曲
・モーツァルト:交響曲第40番
・R. シュトラウス:交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』
・ブラームス:交響曲第4番


フルトヴェングラーによるモーツァルトの交響曲第40番は3つの録音が確認されている。1944年にマグネットフォン・コンサートのために録音されたといわれる大戦中録音は、1949年2月8日演奏として出た録音と同じだということが判明した。この録音を含んだ大戦中のウィーンフィルとの録音は、OrfeoのCD "Wiener Konzerte 1944-1954" C834 118Y(18CD)にまとめられて、聴くのに便利になった。このセットには修復されて聞きやすくなったのが多いが、この大戦中録音のモーツァルトは今ひとつ。1949年2月8日録音とされたMusic & Arts CD-258(1)は、1944年6月2-3日の録音として出たTahra のFURT 1014-1015よりもずっと音が良く、この録音を聴くにはベスト。同じ録音とは思えないぐらい違い、大戦中のマグネットフォンの優秀さがこのCDならよく分かる。この演奏にはヴァイオリンのポルタメントがあったり、他の2つの演奏がクラリネットが入っていない第1版であったり、EMIに録音された演奏とテンポも全く異なるためか、別の指揮者による演奏と考える意見もある。しかしながら、独特な音づくりやフルトヴェングラーらしい足音が聞こえたりすることから、フルトヴェングラーによる演奏であろう。大戦中の演奏で、例えば第2楽章でホルンのアーティキュレーションが弦楽器と同じに揃えてなかったり、第4楽章ではっきり分かるようにクラリネット入りのモーツァルトによる改訂版が使われたのは、充分なリハーサルの時間が取れなかったなどの事情があったのであろうか。第4楽章のレオポルド・ウラッハによるクラリネット・ソロは大変印象深く、それを巨匠が望んだのかもしれない。

大戦中の演奏はヴィースバーデンでの演奏とそっくりである。ヴィースバーデンは、巨匠の妻エリーザベトの生まれ故郷である。ドイツ・フルトヴェングラー協会盤には、この日に演奏されたプフィッツナーの作品の中でもフルトヴェングラーが一番高く評価していた『パレストリーナ』と、得意のブラームスの交響曲第4番が収められていて、鮮明な録音が昔のベルリンフィルによる懐の深い演奏を伝えてくれる。ブラームスの交響曲第4番は現存するベルリンフィルとの演奏の中で最も新しく、年々進歩した技術によって放送局がきちんと録音したためか、録音状態がとても良い。歌劇『パレストリーナ』でフルトヴェングラーの指揮で残っている録音は、ここに収められた第一幕から第三幕、それぞれの前奏曲が唯一の録音である。

『フルトヴェングラーの手紙』(フランク・ティース編 仙北谷 晃一訳 白水社)によると、1948年8月30日の手紙に次のように書かれていることから、この演奏もフルトヴェングラーによる編曲による終結部が演奏されていると思われる。

「ザルツブルクでパレストリーナの序曲を演奏しましたが、実に厄介なことでした。とくに第二、第三の序曲について、終結部のきちんとした演奏会用の編曲がないことが、どたん場になって判明したからです。そこでオペラの総譜からその部分を私が編曲しなくてはなりませんでした。にもかかわらず、演奏は大きな感銘を与えました。まったくその編曲の部分も悪くはなかったのです。」

また、1950年4月11日に書かれた別の手紙には、序曲(前奏曲)を演奏したことに関連して、次のように書かれている。勿論、ヴィースバーデンの録音は、ここに書かれている演奏旅行の間のものである。

「この人(プフィッツナー)のなかに私は、純音楽的にはおそらく最強とはいえないまでも、あの世代の最も高貴で、人間的に最も偉大な作曲家を見たのです。(中略)昨年ベルリンフィルとの演奏旅行で取り上げたパレストリーナの序曲のようなものでも、明らかに、今日なお作曲当時と同様、新鮮な生気に充ちて響きます。今日の批評家やラジオ解説者の言うところは、どうしても真面目に受け取る気になれません。」

『フルトヴェングラーの手記』(芦津 丈夫・石井 不二雄訳 白水社)にはプフィッツナーについての記述が多く見られる。その中には、1933年の「プフィッツナーの『パレストリーナ』彼の最高傑作。」というのがある。『フルトヴェングラー 音楽ノート』(芦津 丈夫訳 白水社)には、1948年に書かれた「ハンス・プフィッツナーの作品」という論文が収められている。その中から『パレストリーナ』について書かれた部分を紹介したい。

「一つの作品によって、ハンス・プフィッツナーの名は私たちドイツ人と永遠に切りはなせないものになるであろう。すなわち「戯曲的レゲンデ」と名づけられた『パレストリーナ』によってである。いまだかつて芸術家の時代にのぞむ態度、芸術家の本質、戦い、苦悩、いな自己自身というものを、プフィッツナーが『パレストリーナ』においてなしたほど透徹したまなこで容赦なく表現した創造者はほとんど存在しなかった。この作品は一つの自叙伝であるが、たとえばシュトラウスの作品『英雄の生涯』や『インテルメッツオ』などとは性質を異にし、たんに伝記的なものはすべて吸収され、その背後の本質的なものと関係づけられて現れるという自叙伝である。それは時代の表現、時代に生きる芸術家の表現であり、現代という世界的転換期に立つ芸術を表現するものである。芸術的直感の力、作家の孤独、真の芸術と「現実の」世界との間に横たわる断絶、隔たり、対立などが、この作品におけるほど深い感動をもって示されたことは、これまでにほとんどなかった。この作品には――まさにヴァーグナー以はじめてのことであり、しかもそれとはまったく異なった意味において――詩人と音楽家とが同程度に関与しているように思われる。『パレストリーナ』とはプフィッツナー自身であり、またプフィッツナーは『パレストリーナ』にほかならない。ここで音楽家は芸術家のために一つの記念碑を打ち立てたのであるが、それは私たちの極度に緊張した時代においてのみ、これほど深い自覚をともなうものとなりえたのである。この芸術的自己犠牲の大きさの前には、あらゆる日常の喧噪が沈黙せざるをえない。」


写真:
.競襯張屮襯に現存するモーツァルトの生家。
▲競襯張屮襯に現存するもう一つのモーツァルト・ハウス。第2次世界大戦で建物の半分が破壊されたが、日本の第一生命などが資金提供をして修復された。
モーツァルトの交響曲第40番の大戦中録音CD Music & Arts CD-258(1)
ぅ癲璽張.襯箸慮魘繕並40番を含む独フルトヴェングラー協会盤LP、F 666.156~7M