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この作品は、ブラームスによる4つの協奏曲の中でも、最後に書かれた作品で、聴く者だけではなく、演奏者にも難解なようである。晩年のブラームスが作品に込めた多くの要素が、聴き手にやや難しさを感じさせるだけではなく、実際の演奏でもアンサンブルの正確さに必死になる余り、力任せに演奏してしまって、音楽的な面白さを表現しきれないことがよくある。フルトヴェングラーの演奏は、細部だけではなく、全体の構成をよく理解した上で、よく噛に砕いているので分かりやすいばかりか、晩年のブラームスの感情を伝えるような深い感動を感じる。技術的に上手な演奏は珍しくないが、このように音楽の内容をしっかりと伝える演奏に出会う機会は誠に少ない。未だ理解が進んでいないこの作品については、後世に残されたたった二つの録音が持つ価値は計りしれないものがあると感じる。

1949年8月24日 ルツェルン祝祭管弦楽団 クンストハウス エアチェック・ライブ録音
(ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn) エンリコ・マイナルディ(Vc))
1952年1月27日 ウィーン・フィル ウィーン楽友協会 (ORF) ライヴ録音
(ウィリ・ボスコフスキー(Vn) エマニュエル・ブラベッツ(Vc))

<プログラム>
1949年8月24日 ルツェルン祝祭管弦楽団 クンストハウス エアチェック・ライブ録音
・ブラームス:二重協奏曲
(ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn) エンリコ・マイナルディ(Vc))
・R. シュトラウス:交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯』
・チャイコフスキー:交響曲第4番

1952年1月27日 ウィーン・フィル ウィーン楽友協会 (ORF) ライヴ録音
・ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
・ブラームス:ヴァイオリン、チェロとオーケストラのための協奏曲
(ウィリ・ボスコフスキー(Vn)エマニュエル・ブラベッツ(Vc))
・ブラームス:交響曲第1番

ブラームスの二重協奏曲は二つ録音が残っているが、ルツェルンでの録音は状態が悪いので、まともに聴けるのはウィーンでの録音のみである。しかしながら、ルツェルンの演奏から伝わって来るものもかなり大きい。ウィーンでの素晴らしい演奏は録音が良いばかりではなく、嬉しいことに演奏会全体が録音で残されている。

日本から出たプライベート・レコードW-19では、1949年8月24日、ルツェルン音楽祭のライブの二重協奏曲を聴くことができる。テープが傷んでいるため、その部分を避けた第1楽章第341-359小節をカットしたと思われる。フルトヴェングラー・センターから出たCD、WFHC-003では、傷んだ部分をそのままカットせずに出した。W-19については、1952年3月11日にトリノ・イタリア放送交響楽団と演奏したシューベルトの『未完成』交響曲も聴くことができる。この演奏を聴くことができる稀少なLPである。

2014年(平成26年)、フルトヴェングラー・センターは仏フ協会と協力して、ルツェルンでの演奏会で演奏されたチャイコフスキーの交響曲第4番をCD化した。その時のセンターの話によると、同じ日に演奏された他の2曲も録音は残っているが、アセテートの状態がとても悪く、CD化にはかなり困難が伴うということだった。

ウィーンでの二重協奏曲の鮮明な録音は、フルトヴェングラーがブラームスをどのように演奏していたかを克明に伝えている。どの作品に対しても共通していることではあるが、フルトヴェングラーは常に作曲家としての視点でスコアーを読んでいて、どのような構成かがオーケストラに示されているかのような演奏になっている。もう一つの特徴は、オーケストラをよく歌わせていて、各楽器の音色が生かされるように、無理な音量で長時間演奏させるようなことを決してしないということである。

これらのことは、二重協奏曲第1楽章の出だしを聴いてみるだけでよく分かる。力強いオーケストラのテュッティの後、チェロが自己紹介を兼ねて、たっぷりとこの楽器の魅力を聴かせる。その後に続くヴァイオリンの自己紹介に橋渡しをする木管楽器による素朴なメロディは、晩年のブラームスならではの味わいに満ちている。ソロを努めたウィーンの二人の名手には、自由に弾かせつつも、伴奏などを通して、指揮者としてどのように演奏するべきかを促しているので、結果的には、全体として調和の取れた同じ方向性を持った音楽に仕上がった。

さらに素晴らしいのは、オーケストラで演奏したウィーンの名手達がこの巨匠がどのようにこの作品を捉えているかを的確に捉えていて、魅力的な演奏に仕上がっていることである。マイクの位置から聞こえにくいが、最後のホルン・ソロも見事である。管楽器セクションの絶妙な働きぶりは、この演奏が不滅の価値を持つまでに高めたと言っても良い。確かに、他のウィーンフィルとの演奏のように、フルトヴェングラーが自分のやりたいことを全てやろうとしているわけではなく、任せた結果、上手く行っていないところもあるし、指揮者の思い通りの演奏としては、ルツェルンの演奏の方が完成度が高いが、残念ながら余りの録音状態の悪さが音楽を伝える大きな障害になっている。恐らく、この作品で残された数多くの録音の中で、ブラームスが最も気に入る演奏の一つは、このウィーン・ライブであろう。

フルトヴェングラーのブラームス演奏は、交響曲だけが素晴らしいわけではないのだ。LPでは伝わるのに、残念ながらCDでは伝わりにくい例は、メニューインと録音したヴァイオリン協奏曲第1楽章の出だしと、同じくドイツ・レクイエムの出だしである。遠くから聞こえるかのような柔らかで素朴な雰囲気は、他の演奏では聴いたことがない。それらの演奏の仕方が指揮者の個性であってブラームス本来の姿ではないと受け止める人があったとしても、二重協奏曲の分かりやすい感動的な演奏は、フルトヴェングラーが同時代に同じ文化圏で生きた作曲家として共感した理解の深さを示しており、他の名だたる指揮者達が同じように到達できるレベルとは思えない。ブラームス演奏の模範として不滅の価値を持ち続けると思う。

写真:
.Εーン楽友協会の近くにあるブラームス像
日東芝EMI WF60021 二重協奏曲とハイドン変奏曲
F鍰貅EMI WF60072 交響曲第1番
きキζ釤廛薀ぅ戞璽函Ε譽魁璽W-19は、ルツェルンでの演奏を聴くことができる唯一のレコード。また、ピッチが低いので、レコードの回転スピードを若干速くする必要があるものの、1952年3月11日にトリノ・イタリア放送交響楽団と演奏したシューベルトの『未完成』交響曲を聴くことができる唯一のレコードでもある。