









『フルトヴェングラー 音と言葉』(芦津 丈夫訳 白水社)には、「演奏会プログラム」(1930年)という論文が収められており、次のように書かれている。
「今日人々の言うすぐれた演奏会プログラムとは、決して作成の困難なものではない。ある程度の音楽史的な知識、「現存する人々」に対するいくらか社交的な配慮、加うるにプログラム全体に対しての多少とも人目をひく「エチケット」――これはまさに有効で美的な基本概念、当世風の概念から取り出されたものであるが――、以上がここで要求されるすべてである。とくに重要なものがこのエチケットであろう。プログラムがたんにさまざまな作品の任意の寄せ集めではなく、まさしく一つの「プログラム」、まさしくある種の信条を示していること、それが一つの表情をもち、スローガン、「標語」を具現していることが、今日では要求されている。(中略)たとえば特定の時代(古典派、古典派以前、現代という風に)という観点から音楽史的な基盤に立つプログラムを組むことができるし、国民性、「流派」の共通性、音楽史的に確認できる「影響」、あるいは世代などによって配列することもできる。また時代に見られる美学的な流行の類似性という点に着目し、今日なら、たとえば古典派以前の音楽と最新の音楽とを組み合わせることも可能であろう。(中略)明らかに問題は、基本的思考のあり方ではなく、そもそも基本的思考が存在していることであり、プログラムを前にしてなんらかの表象が可能となり、プログラムが一つの主導的な「理念」を提示することである。」
聴衆にとって取っつきにくいことが多い「最新の音楽」の音楽を入れたプログラムは、現在でも難しいので、プログラム作成者の考えが反映しやすい。『フルトヴェングラーの手記』(芦津 丈夫・石井 不二雄訳 白水社)には、休憩時間が果たす役割と、現代曲を含めた演奏順について、次のように述べられている。
「1927年
プログラム
まず実際的であること。(中略)問題は曲の順番であって、その際に休憩がさらに一つの役割を演ずる。
それゆえプログラム編成そのものが知的尺度から言えば無意味であるのと同様、歴史的に組んだプログラムも、その他の外部から導入された観点も無意味である。決定的なのは、個々の作品がどこまでその権利を認められるかということだけである。しかし実際には、現代作品が古典作品の後に来ることは非常によく見られるが、その逆は稀である。」
演奏会の全てが指揮者の意向でプログラムが作られるわけではないが、フルトヴェングラーとベルリンフィルの演奏会の場合、芸術監督フルトヴェングラーの考えが、ほとんどの場合で取り入れられていたと考えるのが妥当であろう。
ところで、フルトヴェングラーのライブ録音の中で、RIASが収録したベルリンフィルの演奏は、比較的に良い音質で、演奏会全体を録音したものが多い。収録時間の関係で、以前のCDでは、ばらばらにリリースされたり、LPには一部しか音源が使われなかったりしたので、残っているRIAS音源を、基本的に時系列にまとめたauditeのCDセット21.403(13CDs)は貴重である。その中には、当時の現代曲が入った演奏会全体が聴けるのがいくつかある。興味深いことに、ベートーヴェンとブラームス、それぞれの交響曲第3番が含まれている。
*1949年12月18日から3日間、次のような同じプログラムで演奏されて、その内の2日間が、半分ずつ録音された。
●1949年12月18・19日 ベルリンフィル RIAS収録
・シューマン:マンフレッド序曲
・ブラームス・交響曲第3番
(休憩)
・フォルトナー:ヴァイオリン協奏曲 (Vn:ゲルハルト・タッシュナー)
・ワーグナー:「神々の黄昏」から「ジークフリートの葬送行進曲」
・「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲
単純に、制作年代順にプログラムを組んだ場合、オーケストラ音楽の歴史が分かる場合もあるが、このプログラムは全くそのような観点から曲を連ねているわけではないので、なぜこれらのような作品が選ばれて、なぜこのような順番になったのかを考えなければならない。
まず、ブラームスと親しかったシューマンの序曲を最初に持ってきている。続くブラームスに対して、ブラームスの時代に相反する音楽として見なされたワーグナーをプログラムの最後に演奏したのは、対比することによってそれぞれの作品の良さを際立たせる目的があったのであろう。最初に演奏されると思われがちな「前奏曲」が最後に選ばれているのは、「マイスタージンガー」のシンフォニックな一面を、ブラームスの交響曲とのコントラストとして考えたからではないだろうか。交響曲第3番だった理由は、内容が華やかなのにしめやかに曲を締めくくるので、演奏会の前半にふさわしいからであろう。シンフォニックな「マイスタージンガー」への橋渡しとして、「ジークフリートの葬送行進曲」を選んだのは、一つの作品の中で、大きな音楽の発展を体験できるからであろう。
休憩の後に、集中力を回復した聴衆がじっくりと聞けるタイミングに、新曲のフォルトナーを演奏している。フォルトナーのヴァイオリン協奏曲はタッシュナーのために書かれて1947年に初演された。この演奏会の際、フルトヴェングラーはヴァイオリンのタッシュナーを、「私よりもこの曲を理解している」と賞賛したという。タッシュナーは第二次世界大戦中の1941年から1945年にかけて、ベルリンフィルのコンサートマスターを務めた。
●1950年6月20日 ベルリンフィル RIAS収録
・ヘンデル:合奏協奏曲Op.6-10
・ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
・ヒンデミット:オーケストラのための協奏曲
(休憩)
・ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
このプログラムは、オーケストラのソロに焦点を当てた作品がテーマで、バロックから現代のヒンデミットに至るまでの歴史をたどっていると考えられる。「オーケストラのための協奏曲」という名の曲を作った作曲家は、バルトークやコダーイ、ルストワフスキなどが知られているが、バロック時代に盛んに作られた合奏協奏曲を、現代版にして作った最初の人物がヒンデミットである。この曲はヒンデミットの1925年の作品である。ハイドン変奏曲を選んだ理由は、ソリスト達が活躍するだけではなく、古い様式をよく研究していたブラームスの作風とヘンデルの音楽は相通じるものがあるからである。プログラムの最後を飾る「英雄」は、ベートーヴェンの初期様式と中期様式の過渡期にある作品で、プログラムの最後を飾る力強い締めくくりがありながら、古典作品として前半と関連性がある。また、第4楽章は変奏曲で、この日のブラームスの作品との関連がある。
●1952年12月8日 ベルリンフィル RIAS収録
・ウェーバー:「魔弾の射手」序曲
・ヒンデミット:交響曲「世界の調和」
(休憩)
・ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
再び「英雄」が選ばれているが、今度は、曲名から明らかなように、シンフォニックな側面が一つの大きな柱になっている。ウェーバーはヒンデミットが尊敬していた作曲家で、当然、ヒンデミットはロマンティックな作風の影響を若いときに受けていた。1943年には、今日の演奏会で最もよく演奏されるヒンデミットの作品の一つである、「ウェーバーの主題による交響的変容」が発表された。交響曲「世界の調和」は、ヒンデミットが1950年から翌年にかけて作曲した、天文学者ケプラーを主人公にした歌劇「世界の調和」から作ったコンサート用の作品である。最後に選ばれた「英雄」交響曲は、ドラマティックな要素が前半の曲と似ているし、ウェーバーとほぼ同じ時代の作品としての対比でもある。
『フルトヴェングラーの手紙』(フランク・ティース編 仙北谷 晃一訳 白水社)には、この演奏会の後に、フルトヴェングラーがヒンデミットに宛てて書いた手紙が収められている。
「パウル・ヒンデミットに
フランクフルトにて、ヘッシュ荘
1952年12月11日
ベルリンでいたしました貴殿の『世界の調和』の演奏、電報でお知らせしましたが、お聴きになれましたでしょうか。もしお聴きいただけたのでしたら、演奏には満足していただけたと存じます。この作品は、長く取り組めば取り組むほど、楽員にも、また別して私自身にも、それだけ大きな歓びを与えてくれたのでした。長い曲ですから聴衆にはたいへんかもしれませんが、貴殿のこれまでの管弦楽中、最高傑作ではないでしょうか。当地でも明らかに成功でした。
ご令室にもなにとぞよろしく。
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー」
●1954年4月27日 ベルリンフィル RIAS収録
・ヘンデル:合奏協奏曲op.6-5
・ブラームス:交響曲第3番
(休憩)
・ブラッハー:管弦楽のための協奏的音楽
・R. シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
・ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲と「愛の死」
このプログラムもブラームスとワーグナーのコントラストが大きな枠組みであろう。その両方の音楽の前に、ソリスト達が活躍するオーケストラのための協奏曲が組み込まれている。前半が、古典的な様式で書かれた音楽である。ブラッハーの管弦楽のための協奏的音楽は1937年に作られた新しい作品で、ここでも休憩の後に聴衆がすっきりとした状態で聴ける配慮が見られる。後半は、技巧的な側面を前面に出した作品が中心で、勿論、ブラッハーの作品も、それがR. シュトラウスの作品と関連がある。「ドン・ファン」と「トリスタン」は、両方とも「死」で終わる。17世紀スペインの伝説上の放蕩者、ドン・ファンやりたい放題をして死んだ後で、静かにワーグナーの陶酔的な音楽が始まり、熱狂の後で再び「死」で終わる。
写真:
銑1954年4月25~27日の定期演奏会のプログラムがあるので、一部のページをご覧頂きたい。シュトラウスの交響詩については、理想の女性を追い求めて遍歴を重ねたスペインの伝説上の人物であるドン・ファンを主題にしたニコラウス・レーナウの詩から作曲された。その詩を掲載したページもある。
1954年4月27日 ベルリンフィルの定期演奏会の録音は比較的に良い音で残っている。この日のプログラムをLPで楽しむのに必要な独DGG 2535 806
・ヘンデル:合奏協奏曲第5番(1954年4付き25・27日) ベルリンフィル ティタニア・パラスト ライブ録音
・ヘンデル:合奏協奏曲第10番(1950年6月20日) ベルリンフィル ティタニア・パラスト ライブ録音
・バッハ:管弦楽組曲第3番(1948年10月22日) ベルリンフィル ゲマインデハウス 放送録音
1954年4月27日 ベルリンフィルの定期演奏会の録音が入っている伊チェトラFE-26
・プフィッツナー:歌劇『パレストリーナ』から3つの前奏曲(第1・2・3幕)(1949年6月10日) ベルリンフィル
・プフィッツナー:交響曲第2番 (1949年8月7日)ウィーンフィル
・ブラッハー:管弦楽のための協奏的音楽(1954年4月25・27)ベルリンフィル
*1954年4月25~27日の定期演奏会のプログラムをLPで聴くには、この他に独フ協会F 668. 164/5M(2 LPs)とEdition Wilhelm Furtwängler – RIAS recordings with the Berlin Philharmonic on 14 LPs(audite 87.101)が必要。(写真は別の記事で紹介)