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この春から初夏にかけての注目の美術展のいくつかに訪れ、それぞれが心に残った。東京国立博物館の『生誕150年 黑田清輝』展は、以前、絵画を学んだことを振り返る良い機会だった。国立西洋美術館の『カラヴァッジョ展』は、日本の美術の源流とも言える黑田清輝が日本に持ち込んだのを越えた、創造的なアイディアに満ち溢れた作品に深く感銘を受けた。写実的でありながら現代でも十分に通用するし、未来に渡っても通用する、真の天才の絵画を体験することができた。特に、空間の使い方と、光の持つ意味、人間の視覚がどのようなものかを示すような観察力が傑出しているのに驚かされた。人の目は何かを見ると他のものがぼやける。目の焦点機能さえも絵を通じて認識させる画家には初めて出会ったと言っても良い。ドイツ・オーストリアでカラヴァッジョを見たはずなのに、気がつかなかった。それらの要素を揃えた傑作には今回初めて出会ったのである。

東京都美術館の『生誕300年記念 若冲展』もまた、期待以上の感動をもたらした展覧会だった。若冲の作品には、金比羅宮書院の特別公開、石峰寺の五百羅漢石像、福島県立美術館の『若冲が来てくれました Jakuchu's here! プレイスコレクション 江戸絵画の美と生命 東日本大震災復興支援』展などを通じて出会ってきたが、今回のような傑作ばかりを集めた若冲の展覧会は初めてであり、強烈な印象を残した。画家が相国寺に寄進した「釈迦三尊像」と「動植綵絵」は、画家として体力的にも、芸術的にも絶頂の時に描かれた最高傑作であることを実感できた。晩年の襖絵や屏風絵にも深い感銘を受けた。『石灯籠図屏風』と『象と鯨図屏風』の広がりのある空間は、大きな作品ならではの迫力があった。これらの良さは、屏風から少し離れて鑑賞したときに分かる。『仙人掌群鶏図襖絵』と、本来はその裏面に描かれた『蓮池図』は、絵師として生きた若冲の人生を反映した作品で、今では表装されて「表裏一体」ではなくなった『蓮池図』が、『仙人掌群鶏図襖絵』の裏面になるように工夫した展示方法に、キュレイターのセンスの良さを感じた。

やはり、将来に渡っても通用する作品と感じさせる若冲の屏風絵の内、プライスコレクションの『鳥獣花木図屏風』には、格調の高さだけではなく、今や世界に誇る日本の文化にもなったmangaにも通じる、誰をも魅了する愛らしさがある。この屏風のような「モザイク屏風」と呼ばれる作品は、姉妹編とも言える、同じく六曲一双の『樹花鳥獣図屏風』を、所蔵先の静岡県立美術館の『東西の絶景』展の前期で観る事ができる。

静岡県立美術館の大きな見どころは、何といっても「ロダン館」の傑作ブロンズ像であろう。東京・上野の国立西洋美術館は、建物の前に露天でロダンの傑作群が展示されていて無料で観る事ができるが、同じような作品でも、場所が変わればかなり印象が変わって見える。

上野と静岡の両方で観る事ができるロダンの傑作は、『カレーの市民』と『考える人』、『地獄の門』である。ピカソの『ゲルニカ』を彫刻にしたかのような『カレーの市民』は、上野では群像で鑑賞できるが、静岡ではそれぞれの像を間近で観る事ができる。静岡のは最終ヴァージョンの直前で、何体かは衣服をまとっていない。そういう意味でもかなり印象が違う。尚、静岡には群像の習作が展示されている。

素晴らしい彫刻は、どの角度から見ても素晴らしい。ただ、どの角度から、また、どの部分が印象に残ったのかは人によって異なるであろう。そういう意味では、ロダンの彫刻を写真にするのは面白い。

写真:
 銑9駑西洋美術館所蔵『カレーの市民』個別の動きがあるのは勿論だが、よく見ると、群像全体にも動きがあるのが分かる。
ぁ銑静岡県立美術館所蔵『カレーの市民』完成間近のヴァージョン、または、個別での完成ヴァージョンだろうか。群像の6体全て表情がよく分かる展示になっている。
静岡県立美術館所蔵『カレーの市民』群像の習作