











写真を準備するに当たって、真っ黒に写った像を明るくする修正を加えた結果、実際に見たときよりもディテイルがはっきりとなった。ある意味では作者の意図が分かりやすくなったのかもしれないが、本物の立体感の素晴らしさには敵わないようにも思える。
ロダンの作品は、まるで人体をそのままコピーしたかのように見えるが、よく見ると、手の大きさを実際よりも大きめにしたり、筋肉の盛り上がりを強調したりして、人体が力強く、そして美しく見えるように工夫しているのが分かる。『カレーの市民』が、伝統に反して、鑑賞者と同じ高さで展示することを作者が望んだのに対して、『考える人』は、『地獄の門』の上を見上げて鑑賞することを想定していたと思われる。静岡県立美術館の『カレーの市民』は、間近で各人物像の表情が見えることから、かなりインパクトが強い。一方で、やや高めの台座に展示された国立西洋美術館の『考える人』は、うつむいた人物像の表情がよく分かって心に迫ってくるものがある。中学生の時、美術の先生が「自殺を考えた人がこの作品に出会って、思いとどまったという逸話がある」という話してくださったのを思い出す。
写真:
き╂轍県立美術館所蔵『考える人』
↓キΝЛ上野の国立西洋美術館所蔵『考える人』
\轍県立美術館所蔵『地獄の門』