「こんにちわ」と書くことについての考察(笑) | オカハセのブログ

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『こんにちは』を『こんにちわ』と書く若い子たちがいることについての考察です(笑)。

多分、国語の先生的な立場から見れば確かにこんにちはをこんにちわと書くのは間違いではあると思います。
だけど歴史を辿って行くと【若い世代が規則を壊す事によって言語や文化は変わって行く】ことも事実です。それに、若い子たちが『こんにちわ』と書くのは、殆どワザとだと思っています(本当に知らない子もいるかもしれないけど)。んで年配の方もこんにちわと書く人がいる云々についてですが、、それは僕もです(笑)。もちろん知っててワザとです。「こんにちわ〜」って伸ばすとかわいい感じになるから書いてる人が殆どだと思いますね。

音楽だと、ジャズやクラシック等の割と専門的な分野でそれも専門的知識を持つ立場のかたとかが、理屈としては正しくても感覚的には「だからなんですか?」と訊き返したくなることがあります。それは真っ当で正しい知識を持って演奏した人が必ずしも素晴らしい演奏になるわけで無いから。

だけどこのようなことというのは【ひとりひとりの感性の違い】があるから、受け付けない人もいるのはある意味真っ当なことだと思います。
昔ラジオの何かの教養番組で『日本語の使い方が崩れている』的なテーマの回がありました。
スガシカオ作詞の「夜空ノムコウ」の、
「あれからぼくたちは何かを信じてこれたかなぁ…」
という部分を「日本語の使い方の間違い」として、年配の女性パーソナリティ(実際には国語の学者だと思う)が軽く批判をしていたのです。【これたかなぁ】という日本語の使い方はおかしいと言われたのです。「きたかなぁ」とか「きたのだろうか」という使い方が本来であって「これたかなぁ」は最近の若者の言葉の乱れを感じると言っていたのです。多分このかたにとってはなんの迷いも無い指摘なのだろうと思います。
だけど音楽でもそうですが、言葉にならない感受性豊かな【何かを表す】時には法則を破ることが有効なことは多々あります。四角四面に規則を守って何かをすることが必ずしも適切なわけではないことはこの世にいくらでもあります。

なのでぼくの結論は
「こんにちわ」はこれからも使うと思います(笑)。
そして「オカハセさん『わ』は間違いで『は』と書くのが正しいんですよ」と言われたら「そうですねー」と言うだけで心の中は「だからどちたの?」です。なにもその後は改めません(笑)。

もっと楽しめばいいのになぁと【僕のモノサシ】は思います。





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