一棟マンションを売るとき、売却価格だけを見て「次の物件に使える資金」を決めるのは危険です。仲介手数料などの売却費用、ローンの返済、買主に引き継ぐ敷金、翌年の税金は、それぞれ別に計算する必要があります。
また、収益物件の買主が重視するのは建物の見栄えだけではありません。家賃の実績、今後の修繕、融資条件まで含めて価格を判断します。売却相場の調べ方から費用・税金、七つの手順、失敗を防ぐ販売計画までを整理します。
一棟マンションの売却相場を調べる
地域・築年数別の価格は「登録物件の平均」
健美家の2026年7月期レポートでは、一棟マンションの平均登録価格は全国2億618万円、首都圏2億4,015万円です。首都圏は東京・神奈川・埼玉・千葉に茨城・栃木・群馬・山梨を含む同社の区分であり、東京23区だけの相場ではありません。健美家「2026年7月期レポート」
築年数別では、2025年の全国平均登録価格は資料表記の「築10年未満」で3億1,534万円、「築10年~」で2億4,672万円、「築20年~」で1億6,215万円でした。対応する表面利回りは4.85%、6.26%、8.12%です。健美家「2025年年間レポート」
ここから、同じ建物が築20年で必ず半値になるとはいえません。地域、規模、土地面積、掲載された物件の構成が異なる集団の平均だからです。「築20年になる前に売れば必ず有利」という結論にも直結しません。
登録価格は成約価格でもありません。値引き交渉が入ることはありますが、常に一定割合だけ安く成約するわけでもありません。過去の上昇傾向を、そのまま対象物件の将来値上がりの保証にしないことが大切です。
近い条件の取引と、収益から照合する
国土交通省の不動産情報ライブラリでは、取引価格情報や成約価格情報を検索できます。一棟物件なら「宅地(土地と建物)」などの情報から用途・構造・延床面積・建築年を確認し、区分マンション一室の価格と混同しないようにします。取引価格情報はアンケートなどに基づき加工されており、すべての取引や賃貸契約の中身が分かるわけではありません。不動産情報ライブラリ「価格情報について」
不動産会社には、比較事例のほか、現行家賃と想定家賃、運営費、将来工事をどう査定に織り込んだかを説明してもらいます。満室想定の高い利回りだけでなく、実際の入金と経費から収益力を確認できる資料があるほど、価格の根拠を示しやすくなります。
売却にかかる費用を項目別に確認する
仲介手数料は1億円なら上限336万6,000円の例
通常の売買取引で、消費税を除く物件価格が400万円を超える場合、課税事業者である仲介会社が売主から受け取れる手数料の上限は「物件価格×3%+6万円」に消費税を加えた額です。
物件価格が1億円なら、(1億円×3%+6万円)×1.1=336万6,000円となります。約370万円ではありません。これは上限であって一律の請求額ではなく、報酬額と支払時期は媒介契約で合意します。800万円以下の物件には別の特例があるため、低額の取引は条件を確認してください。国土交通省「不動産取引の仲介手数料」
売主が建物売却の消費税を納める立場にある場合は、物件代金に含まれる建物の消費税と、仲介報酬にかかる消費税も分けます。入居者から受け取る住宅家賃が非課税であることと、建物売却の課税判断は同じではありません。国税庁「事業用建物等の譲渡と消費税」
印紙税・抹消登記・返済手数料
2027年3月31日までに作成する対象の紙の不動産売買契約書では、記載金額が1,000万円超5,000万円以下なら印紙税1万円、5,000万円超1億円以下なら3万円、1億円超5億円以下なら6万円です。契約書1通ごとの税額で、領収書には別の基準があるため、契約書用の表をそのまま当てはめません。国税庁「不動産譲渡契約書等の印紙税」
電子契約の電磁的記録は印紙税の課税文書に当たりませんが、別途、課税対象となる紙の契約書等を作ればその判断が必要です。単に紙をスキャンして保存しただけで、元の紙の印紙税がなくなるわけではありません。
抵当権抹消の登録免許税は不動産1個につき1,000円です。土地1筆・建物1個なら2,000円ですが、敷地が複数筆なら数が増えます。司法書士報酬や、必要に応じた住所変更登記等の費用は別です。「登記税1万~2万円」という一括の見積りではなく、税と報酬の内訳を確認します。法務省「抵当権抹消の申請情報作成例」
融資の一括返済手数料も金融機関・契約次第で、必ず数万円で収まるとは限りません。残債、返済申込期限、違約金の有無、担保解除書類が出る日を早めに確認します。測量や境界確認、証明書取得、必要な補修なども加え、総費用を売値の一律3.5%で済ませないようにします。
譲渡所得の税金と、手元資金は別に計算する
個人が投資物件を売る場合の基本は、売却代金から取得費と譲渡費用を引き、適用できる特別控除を反映して課税譲渡所得を求めることです。取得費は過去の購入代金そのままではなく、建物については減価償却費相当額を差し引きます。ローン残高を返した額は、取得費の代わりにはなりません。国税庁「取得費となるもの」
売却年の1月1日時点で所有期間が5年超なら、通常の長期譲渡の合計税率は20.315%、5年以下の短期譲渡は39.63%です。所得税・復興特別所得税・住民税の合計で、法人の売却にはこの区分をそのまま使いません。国税庁「長期譲渡所得」、「短期譲渡所得」
課税譲渡所得が1億円なら、単純計算で長期2,031万5,000円、短期3,963万円です。「売却価格1億円」にこの税率を掛けるのではありません。2021年7月取得の物件を2026年8月に売る例では、実際の経過が5年超でも2026年1月1日時点では5年以下で、短期です。
売却価格1億円の手残り例
個人・免税事業者の例として、売却代金1億円、減価償却反映後の取得費6,000万円、譲渡費用350万円、ローン返済6,000万円、長期譲渡で特別控除なしとします。
課税譲渡所得は1億円-6,000万円-350万円=3,650万円。税額の概算は3,650万円×20.315%=741万4,975円です。売却後の手元資金は、1億円-350万円-6,000万円-741万4,975円=2,908万5,025円となります。
ここでは譲渡費用と現金支出の売却費用がともに350万円と仮定しています。実務では、すべての現金支出が税務上の譲渡費用になるとは限りません。敷金承継、家賃・固定資産税等の精算、その他の所得控除や端数処理も別に確認します。税の支払前に口座へ残った額を、自由に使える利益と考えないことが重要です。
使える特例は、購入時期や買換え条件で確認
2009年・2010年に取得した国内の土地等には、一定の条件で譲渡所得から最大1,000万円を控除する制度があります。建物は対象でなく、親族等からの取得、相続・贈与による取得、他の特例との併用などにも制限があります。国税庁「特定期間に取得した土地等の特別控除」
また、長期保有する事業用資産の買換えには、譲渡益の一部の課税を繰り延べる特例があります。2026年度改正では、買換資産の範囲を一部見直し、2029年3月31日まで延長されています。原則80%繰延べでも資産所在地等で割合は異なり、所有期間、土地面積、用途、取得・事業供用時期などの要件があります。免税ではなく取得費の引継ぎ等を通じた繰延べです。国土交通省「2026年度税制改正概要」
同年中の売却・買換えでは、最初の譲渡日または取得日を含む四半期末の翌日から2か月以内など、確定申告より早い届出も関わります。売ってから検討するのではなく、次の購入契約前に税理士へ確認します。国税庁「買換え特例の届出」
売却は七つの手順で進める
1~3:資料準備、査定、媒介契約
まず、登記識別情報等、購入時契約書、評価証明書、返済予定表に加え、レントロール、賃貸借契約、入金明細、管理契約、工事・点検履歴、建築確認関係の資料を整理します。印鑑証明書など有効期間が関わる書類は、決済予定に合わせて取得します。
次に複数の会社へ査定を依頼し、価格だけでなく販売方法、買主層、近隣の成約実績を比較します。媒介契約は次の違いを理解して選びます。
- 一般媒介:複数社へ依頼でき、自分で見つけた相手とも取引できる。法定のレインズ登録・定期報告義務はない。
- 専任媒介:依頼は1社、自分で見つけた相手との取引は可能。レインズ登録は7日以内、報告は2週間に1回以上。
- 専属専任媒介:依頼は1社、自分で見つけた相手との直接取引は不可。登録は5日以内、報告は1週間に1回以上。
登録期限は媒介契約締結の翌日から数え、業者の休業日を除きます。窓口をまとめる専任媒介は選択肢ですが、一棟だから必ず最適とは限りません。会社の販売力と公開範囲、報告内容で選びます。東日本レインズ「売却の流れ」、西日本レインズ「よくある質問」
4~6:販売活動、売買契約、決済・引渡し
販売中も、売主は質問への回答、内見調整、入退去情報の更新を行います。入居中の室内確認は入居者の同意を得て調整し、家賃や不具合を都合よく伏せないようにします。
契約では、代金と手付金だけでなく、融資利用特約、解除期限、契約不適合責任、修繕の分担、敷金・滞納・賃貸条件の承継を確認します。手付金5~10%は取引例であって法定の一律額ではなく、契約後の解消も手付解除・合意解除・債務不履行などで扱いが違います。
決済では代金授受、融資返済、抵当権抹消と所有権移転、各種精算、鍵・管理資料の引渡しを整合させます。売値で残債等を賄えない場合は追加資金や金融機関との調整が必要です。買主の融資や書類準備もあるため、「契約から必ず1か月」と固定しないでください。
7:翌年の確定申告
譲渡益がある場合は原則として申告が必要です。特例で課税額がなくなる場合も申告が適用条件となり得ます。申告期間は原則、翌年2月16日~3月15日ですが、休日等で期限が動くため対象年の案内を確認します。購入・売却双方の契約書、経費領収書、減価償却の記録を保管し、無申告加算税や延滞税が生じる前に処理します。国税庁「確定申告」
高く売る工夫と、三つの失敗を防ぐ計画
第一に、希望価格と最低限必要な手残り、現金化期限を分けます。教育費に使いたい金額から相場を上乗せすると、問い合わせが乏しいまま時間だけが過ぎます。販売開始時に反響の確認日を決め、競合との価格差や資料不足を点検します。
第二に、空室改善は賃料と費用をセットで考えます。過度の家賃引下げや長いフリーレントで見かけ上満室にしても、買主の収益評価は改善しないことがあります。共用部清掃、未対応修繕の処理、適切な募集条件と履歴の開示を優先します。
第三に、別の住宅建築費を「3か月後の売却代金」で全額賄うような計画は避けます。一棟物件は買主が限られ、融資審査や契約条件で長期化します。支払期限を先に確約せず、売却が遅れた場合の資金と保有費用を見積もります。
そして、急いで値引きして売れた場合でも、税金を見落とせば使えるお金は減ります。価格設定の失敗、期間の見誤り、費用・税金の失念という三つは、査定額だけでなく「いつ、いくら残るか」の表を作ることで点検できます。
まとめ
一棟マンション売却では、登録価格と成約価格、譲渡益と現金の手残りを分けることが出発点です。地域・築年数の統計を参考に、対象物件の家賃、修繕、融資条件から売れる価格を検討します。
費用と税金を項目別に試算し、必要な手残りと期限を決めてから、査定・媒介契約・販売へ進みましょう。正確な資料と引継ぎ準備は、買主の不確実性を減らし、価格交渉と売却後のトラブル防止にも役立ちます。
不動産投資マスターK
代表 金田大介
運営 オスカーキャピタル(株)
公式サイト:https://oscar-c.jp













