「正論」っていうのは、ひとつではなくて、様々な観点や角度から見ると、いくつも「正論」は成り立つ。
「ある常識」と「ある常識」が相容れないことによって、世の中戦争が起こり得るし、「正義」ってのもひとつではなく、時代背景や環境によって、その「正義」も変化をしていく。
「正論」はある意味では「正論」なわけで、「正論」と「正論」がぶつかり合うときに、より重要なのが、その「正論」が『純度の高い正論』なのかどうか。
「正論」「常識」「正義」なんてものは、それぞれに正解だったり、揺るがないものだったりはするけど、『より純度の高い』とされるものが優先されるべき。
単に「正論」を振り回すのではなく、この『純度の高い正論』を意識していきたいものだ。