秋葉原で17人を殺傷した通り魔殺人。
いろいろな報道がなされる中で、この社会を震撼させた25歳の男が言ってたセリフ。
「誰でもよかった」
誰でもよかったで殺されるんだから、殺される側はたまったもんじゃない。
自分の大切な家族や、恋人が出かけている時に、「誰でもよかった」と殺されたんじゃ、
残された人間もつらい・・・。
でも、最近通り魔が言う「誰でもよかった」ですが、ホントは「誰でもいい」んじゃないんですよね。
ネット社会で、直接的なコミュニケーションが希薄になった世の中で、本当の人間同士での
コミュニケーションができず、バーチャルなコミュニケーションのみで生活している若者が
多くいます。
バーチャルコミュニケーションがいけないわけではないですし、コミュニケーションの形は
いろんなパターンがあって良い
要は、それぞれに合ったコミュニケーションを図ればいいんです。
人と人の生のコミュニケーションを避けるあまり、内に閉じこもってしまい、自分の発散する
場所も持てないものだから、やれ仕事が首になりそうだとか、彼女がいない、なんて理由で
凶行に走るわけです。
しかし、ホントに「誰でもよかった」のであれば、身近にいる憎い人間を殺すはずなんです。
だって、少なからず、自分に対して、何がしかのアクションがあったわけですから。
「誰でもよかった」って、まったく知らない他人を殺す、というのは、自分の少なからず
身近な人間には怖くて手が出せないんです。
飛んでいる虫を殺すように、簡単に人を殺すには、まったく知らない人間の方がいいんですね。
だから「誰でもよかった」ではなくて、「知らない人間でないと駄目」なんです。
結局、凶行に至るにおいても、普段のコミュニケーションがうまく図れないものだから、
身近ではなく、遠い人間にその刃が向いてしまうわけです。
つまりは、弱いですよね。
そんなコミュニケーション力の弱い人間に、あっさりと生命を奪われてしまう。
「誰でもよかった」と言われ。
本当に、本当に許せないことです。