世紀・・・当たり前ですが、西暦を100年を単位とする年代の数え方です。
当然、人間社会の営みによる単位であるわけですから、100年経って1世紀です。
ただし、人間の一生そのものが1世紀に満たないわけです。
脈々とした歴史の一つの区切りとして世紀を意識するだけで、実際に1世紀を体感できる人は
そう多くはありません。
そこで、人間は世紀を分割して考えるわけです。
自己の命と世紀をリンクできるように。
初めて人間が世紀を意識する単位。
それが、四半世紀25年です。
25年って、どんな時間でしょう。
私は25歳の時には、5歳と1歳の息子がいました。
次の四半世紀を迎えると、その息子たちは30歳と24歳です。
もう私には孫がいるでしょうね。
父は去年亡くなっていますが、私の2度目の四半世紀には、母も83歳になっています。
実際、自分が生まれた頃の家族と一緒にいられる「世紀」は「四半世紀25年」までだと
思うんです。
ですから、25年って大きいですね。
人の人生でもそうなんですから、「企業30年」と言われる会社にとっても大きな25年です。
世の中には、何百年も続いている老舗もあれば、創業して1年程度で消えていく企業も
多々あります。
四半世紀。
世紀の4分の1も永らえるわけですから、それなりに使命があるものです。
自らの使命をわきまえて、四半世紀から半世紀、そして1世紀へと継続していきたいものです。