家の前から「遠くへ行こう」と歩き始めて、パリにたどり着いたとして、すごいことなのだけど
歩いているのがどこであろうと、東京だろうとパリだろうとメキシコだろうと、やるのは「歩く」だけで、東京とメキシコの景色の優劣なんて、実際にはなくて
やってる実感としては、目の前の景色にワクワクしながら一生懸命歩く、ということは、何も変わらないので
周りの人が「ここまで来たんだよ!」と逐一思い出させてくれないと、実は無限階段を登っている気持ちになったりもする。
座標って、相対的なもので
本人からしたら、ここは、ここ。それだけ。それだけなのがいいともおもう。
でも真剣に今だけに集中してると、迷子になる
。。。。。
呼びかけることしかできないのか
それだけでは意味がないことも知ってる
でも、呼びかけないよりはマシなのも知ってる
だけど、だけど、その先を目指したい
。。。。。
19日真っ暗な時間、数日前に高橋倫平からきていた長いオンライン手紙に気付く。3時25分。りんちゃんは朝早くから活動する人なので、いま電話はまずい。そうおもい「わ!」て送ったら、翌日に「返事になってない」と怒られた。わ!
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物語で世界を変える
変えるべき世界
世界の変えるべき部分について考える
男の人が、トイレの後には便座を下げるようにするための啓蒙的な物語を描くべきか
アルコール依存症の人に手を差し伸べる社会を目指して物語を描くべきか
今この瞬間、餓死している子どもたちを救うための物語を描くべきか
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とつぜんだけど、あの、えっと、お芝居をしたい。物語に入り込みたい欲ですね。
俳優仕事する暇があったら物を描いたり打ち合わせをしてください、という尊敬する大人たちの切実な提案を素直に納得して受け入れて、年内は打ち合わせと執筆、創作だけしかしないようなつもりでいたのだけど、どうにも、調子が悪い。
何も考えたくない!がいまの心持ちなのに、考える仕事しかなくて、うー、となる。ほんとは、草原駆け回る犬みたいにして、ハッ!ハッ!ハッ!ハッ!って、年内はそうやって、情動的に考えないで脊髄反射繰り返したまま終わりたい。
気が散らなさすぎて、気が散る。うるさい場所にいたい心持ちだったりするワン
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友達から幸せなLINEきてふつうに嬉しかった。大人の麦茶の、たいぞうさん。遊ぼう遊ぼう言ってるのに遊ぶ遊ぶ詐欺を働きあっている間柄。
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才能ある!と感じるひとをみると、ただただ、うれしい。それが、近しい人だと、ほんとに、うれしい
呼び止めたら
ピカーー!って怒られた。
そんな月も、夜には標識に足止めくらってた。ざまあ。スマホが、夜中に写したすべての輝くものを幽体離脱させがちな癖がある。どっちが幽体かもうわからないや。
9月の満月はちやほやされる。でも、月はずーと月なのにね。タレントっぽいね。僕ら、ゼロ歳で生まれてからヨボヨボで亡くなるまで、1秒でも一瞬でも価値が高騰したら暴落したり、するわけないのにね。旬だと上等扱いされたり、こんがらがるね。
座標なんて相対的なものなんだから、無視したらいいよね。月はさ、だって、宇宙まわってるだけなんだから、ずっと。