やほ。たくまだよ。

 

明日、2月20日、イベントをやるんよ。

 

 

いまね、『ジュロコロランド』というのを創りたい。

ワハハ。なんだか大層な名前でしょ。元気が出るのがいいなと思ったんよね。

 

 

で、この壮大な計画が、ちょっと説明しないとむずかしいので、明日、話そうと思ってる。とっ散らかりのプロフェッショナルなもんで、風呂敷が自分の中で広がりすぎて、まだちっとも頭の中が整理し切れてなかったりもするから、そこは、ありのまま、自分サイズそのままで伝えるね。

 

明日はそれと、もちろん、『ジュロコロ』の物語を朗読したり、ちょっと、歌を歌ったり。

 

前に描いた絵本の『ジュロコロ』、それに、パパが音楽をつけてくれた。すごくすごく好き。パパを?そう、パパと、音楽を。

 

 

ジュロコロは本当に素敵な物語で、元気がでる。いまのみんなに、どうか届けたい。お守りよろしく、ほんの少しだけ毎日のみんなを守ってくれると思う。

 

なんて、崇高ぶってやがりまくるけど、シンプルに、この物語を使ってしばし遊ぶつもりだから、仲間になってほしい、、ていう、そのための、明日。鍵開けっぱなしの一軒家、みたいな遊び場にしたいな、この物語を。

 

 

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有観客(という言葉は、配信で観てくれる人も観客と感じている身としてはいまだにしっくり来ないのだけれど)と、配信で行う。場所はスターパインズカフェ。このイベントをやるかどうかの提案も、スタパからいただいた。

 

で、僕は、これは配信メインでいいと思ってるんだ。

 

「基本は配信。だけれど、会うことを必要としてくれるなら、来る場所はある。僕は待ってるよ。」

 

 

それが本心。僕はもうずっと、意見は変わらない。病気のことはわからない。だから、気をつけられるだけは気をつけるし、気をつけて欲しい。

 

 

 

4月が終わって、待ち合わせはしばし、やめると決めたんだ。

 

 

でも、一年経って、

 

 

待っていることは、もうやめないことにした。

 

 

 

僕は普通に自分の大切な人が病気になるのが怖いし、病気のせいで誰かが泣くことがとても怖い。だから、僕やおぼんろとしては観客を入れるようなイベントは4月以降やっていないし、計画もして来れなかった。

 

でも、病気で世界がダリの絵よろしくグニャングニャンに姿を変形させ始めてからしばらくして、僕は、「落ち込み」の怖さについても考えるようにもなった。

 

健康だろうと、栄養がいかに豊に摂れていようと、気持ちが落ち込むと、僕らは簡単に壊れてしまうみたいだ。逆を言えば、気持ちさえハッピーなら、何がどうなろうとも大丈夫なんじゃないか、とさえ思った。

 

どんなものをどれくらい食べたらお腹がいっぱいになるのかは、人によって違う。それとおんなじで、物語をどう受け取ったら元気になれるか、ってのは、人によって違うんだと思う。

 

だから、なるべくいろんな形を、これから用意しておこうと思う。

 

僕と会うことで笑顔になれる人がどれくらいいるのかはわからないけれど、もしも、会いに来ることで元気補給できる人がいるなら、安全な準備だけはフルにフルにやってみて、待ってみようと思う。

 

たまに、何かを楽しみにして出かけること、誰かに会いにいくこと、それは、人が生きていく上で必要なことのような気がしてる。そういうことができなくって、どうしようもなくなったら、いつでも会いに来て欲しい。僕はのんびりと待ってる。

 

生きて。生きることのために、僕や僕の物語を使ってください。どうか、どうか。

 

 

配信は、なんか嫌いじゃない。空に一度、言葉や想いを預けて、それを誰かが受け取ってくれるというその作業は、なんだか物語的だ。

 

吉祥寺スターパインズカフェは、この一年、ずっと感染症対策を必死でやり続けてきて、その辺りはバッチリとのこと。僕は、身を委ねてみようと思う。

 

 

待とうと思います。

でも、待ちぼうけはとっても上等で素敵です。元気な印と思えるから、気にしないで。

 

待とうと思います。

また、あっけらかんと待ち合わせをできるその日のことを。