むかしむかし

もしくはいまか

とおいみらいか

どっちにしろ、すっごくとおいみらいには、

「むかしむかし」とよばれる いつか

 

どこかのくにのどこかのまちに

ねむらないピエロがおりました

 

そのピエロはいつもおおいそがし

 

すてきな物語をこさえたり

それをじょうずにしゃべってひとにきかせたり

おもしろいうごきでおどってみせたり

なかまたちといっしょに、ふざけてみたり

 

ねんがらねんじゅう、おもしろいことをかんがえついては

みんなをわらわせるのでした

 

みんながかれのことを

だいすきでした

 

かれは、おもしろいことをやっていないとおちつかないもので

よるもねむりません

ふつうのひとは、たいようがしずむとだんだんねむくなり

よるがきたらぐっすりねむる

でも、ピエロはねむりません

よるがきても、ずっとずっとおもしろいことをかんがえつづけて

よるがかれをねむらせることをあきらめて、

あさにバトンタッチすることになっても

まだまだおもしろいことをかんがえつづけるのでした

 

あるあけがたのことです。

 

ピエロのともだちである大道芸人は

これまたあけがたにまちをあるいていました

するとやっぱり、ピエロのいえにあかりがともっている

 

ははあ、あいつめ、またこんなじかんまでがんばってるな

 

大道芸人はときたまそうするように

コンコンとピエロのいえのとびらをノックしました

 

大道芸人「やっほー。またこんな時間までがんばってんの?相変わらず眠らないんだね。」

 

ピエロ    「やあ、君か。久しぶり!」

 

大道芸人「また面白いこと考えてるの?すごいなあ。この前もあんた、広場でなんかやってたでしょ?遠巻きにみていたけれど、ものすごい盛り上がり方だったね!拍手喝采!さすがだよ。ちょっと悔しいくらいさ。」

 

ピエロ    「君もがんばってるみたいじゃん。」

 

大道芸人「前にあんたに相談してから調子良くってさ。」

 

ピエロ    「ああ、君が宮廷に仕えて芸をやるのが苦手って話?」

 

大道芸人「そうそう。あんたは、仲間と好き勝手に芸をやってもすごいしさ、一方で、宮廷から依頼されてお城の大広間で芸を披露するときだってうまくやる。なんでそんなことできるんだ?って」

 

ピエロ    「あのときも言ったけど、俺は好きだからね、宮廷でやられるようなものも大好きだと思って育ったから。君は君の世界観があるからいいんだよ」

 

大道芸人「そう言われて俺の腹が決まったみたいなところあるんだよね。まあ、俺の話はいいや。いまは、どんな冗談を考えてるの?」

 

ピエロ    「眠ろうかなって思うんだけど。」

 

大道芸人「・・・は?」

 

ピエロ    「いやさ、これまでずーといろんな事やってきただろ?俺。だからさ、これまでにやったことがないことない笑わせ方ってなんだろう?って思ったらさ、眠ることじゃね!?て」

 

大道芸人「ね、眠るって・・・どれくらい眠るつもりなの?」

 

ピエロ    「うーん。けっこう長く?」

 

大道芸人「いつ眠るの?」

 

ピエロ    「いま、これから」

 

大道芸人「それは・・・まずいんじゃないの?あんたがいなかったら、だって町がつまらなくなるじゃん。みんな泣くよ?」

 

ピエロ    「いや、絶対笑えるから!」           

 

大道芸人「笑えないから! イキナリすぎるでしょうが、辻褄合わないよ!そりゃいくらあんただっていつかは眠るんだろうけど、イキナリはみんな泣くって!」

 

ピエロ    「なるほど。でも、イキナリ泣かせてくる!って、笑えない?」

 

大道芸人「・・・あんた、愛と笑いを描くことにかけては王様じゃんか。いくらなんでも、ピエロがいきなり泣かせにかかっちゃまずいでしょ。」

 

ピエロ    「いいんだよ、いいんだよ、笑えて泣けるのが俺の持ち味なんだから」

 

大道芸人「いや、逆になってるからね、泣ける感じが笑えてくるよ」

 

ピエロ「じゃあ笑ってよー。」

 

大道芸人「いや、あんたのギャグがミスってるんだからね!?俺みたいな悲劇ばっかやってる芸人に比べて、あんたは笑わしたい性分でしょ?ちゃんとやりきりなさいよまったく。」

 

ピエロ「クカカカカ。終始とどこおりなく意表を突くのが最高のシナリオってわけさ。」

 

大道芸人「伏線張れ!あんたほどの人が、なんの回収にもなってないオチつけるんじゃないよ。」

 

ピエロ「……疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……パトラッシュ」

 

大道芸人「誰がパトラッシュだ!」

 

ピエロ「・・・ほら、ルーベンスの絵がすてきだなあ・・・」

 

大道芸人「いや、そんな美しい絵が似合うガラじゃないでしょうが。俺もアンタも顔面真っ白に塗りたくるような団体でしょうが! なーにがパトラッシュだよ。もっとブサイクな犬で十分だよ。」

 

ピエロ    「犬はパグ!パグが好きだね。」

 

大道芸人「あれ、パグ好きなの?」

 

ピエロ 「インスタで可愛いパグの写真探してたらこんな時間ですやん!」

 

大道芸人「そんなことしてたの!?4時14分だよもう。でもわかる、パグ、かわいい。パグの話やろうぜ。」

 

ピエロ 「やりてえやん。凄まじく愛らしいのよ。ちょっとぽちゃっとしてるパグが好み。」

 

大道芸人「飼ったらいいじゃん。」

 

ピエロ 「犬アレルギーなんだよね。」

 

大道芸人「ほんと・・・何から何までおもしろいひとだな」

 

ピエロ    「♪グーチョキパーで、ぐーちょきぱーで、なにつくろー?なにつくろー?」

 

大道芸人「・・・なにつくるのさ」

 

ピエロ    「♪みぎてがグーで、左手がパーで、パーグー!かわいいパーグー!」

 

大道芸人「パグかよ!・・・ねえねえ、パグの語源て知ってる?」

 

ピエロ    「諸説あるんでしょ?」

 

大道芸人「うん、いくつかあるんだよ・・・例えば、中国語で「いびきをかいて眠る王様」を意味する「覇歌(パー・クー)」から来てる、とか、古い英語で「優しく愛される者」からきている、とか。」

 

ピエロ    「いびきをかいて眠る王様!優しく愛される者!」

 

大道芸人「いいよね」

 

ピエロ 「いい!いいなあ!パグになりたいなあ!」

 

大道芸人「飼いたい気持ちから成りたい気持ちに!?」

 

ピエロ    「さてと、眠るかな。」

 

大道芸人「ちょっと!眠るなってば!」

 

ピエロ    「大丈夫だって。べつに消えるんじゃなくて、去るだから。別の場所に「居る」わけよ」

 

大道芸人「いや、去るなって。え・・・別の場所って・・・どこにいるんだよ」

 

ピエロ    「もっといいところだよ。夢の世界だよ」

 

大道芸人「ちょっと待ってよ。俺、友達少ないんだからさ、どっか行かないでよ。居るならいちおう、地続きの世界に居てよ。俺さ、もろもろ同じ様な悩み共有して相談できるひと少ないんだって。」

 

ピエロ    「相談なんてたまにしかしてこないじゃん」

 

大道芸人「老後にたくさんする予定なんだよ!今は嫌なんだよ!だって、いちおう・・・ライバルじゃん?あんた、どんどん売れやがって、くっそーう。まあ、いいのさ。このまま何十年もお互いやることやり続けていつしか時代を代表する大御所になって、ヨボヨボになったら、若かりし頃はお互いバカやったよなあ、なんて言いながらくっちゃべるんだよ。のんびりと!昔話みたいに!」

 

ピエロ「壮大だねえ!」

 

大道芸人「だからいまは起きてろって!こうやって明け方に、アンタの家の灯りがともってるの見かけて、がんばってんだなあ、とか思うのすごい俺にとって大事なんだから!」

 

ピエロ    「それはそれは。」

 

大道芸人「ほら、わかったら起きて起きて!おもしろいこと考えなさいよ、眠らないで。あんたの作品みんな待ってるんだから。」

 

ピエロ    「はっはっは。」 

 

大道芸人「俺、あんたに貸しあるんだからね、このくらいの頼みは聞いてよ」

 

ピエロ    「貸し?」

 

大道芸人「これ見てよ!」

 

ピエロ    「スマホ?それがなに?」

 

大道芸人「忘れたの?!なんでずっとガラケー信者だった俺がスマホになったかわかってんの?あんたんところの仲間内の年末イベントでさ、俺が出ていないイベントだよ?そこであんたたちが勝手に、俺の来年の抱負を考えようぜ!とかやりやがって、そこでさ〈俺が来年スマホに変える〉って、ファンたちの前で発表しやがったんだよ。それで・・・」

 

ピエロ    「えー、それでスマホに変えたの?」

 

大道芸人「そうだよ!」

 

ピエロ「知らなかった!」

 

大道芸人「いつか会った時に面白話として盛り上がろうと思って言ってなかったんだよ!」

 

ピエロ    「でもスマホ、使い勝手いいでしょ?」

 

大道芸人「いいよ!ありがとうだよ!」

 

ピエロ    「じゃ、おやすみ」

 

大道芸人「うんおやすみ、って、待って!!!まだ遊んでよ!!!」

 

ピエロ 「起きたらね」

 

大道芸人「前に一緒の打ち合わせの後で、昼飯一緒食おうぜって言って魚のうまい店入ったじゃん?でさ、二人で酒のんでさ、昼間っから・・・それぞれそこからまた別の仕事あったんだけど」

 

ピエロ    「この背徳感がたまらんなあぁぁ」

 

大道芸人「そうそう、あんたそう言ったの!お互いいろいろ話してさ、超楽しかった。ああいうの、またやろうよ」

 

ピエロ    「酒やめてるんだよ、いま」

 

大道芸人「あーそーだったー」

 

ピエロ    「ほら、夢の世界なら飲めるんじゃない?」

 

大道芸人「・・・そう来たか」

 

ピエロ    「だからさ、ちょっと、眠るわ。君も一緒に眠る?」

 

大道芸人「俺はまだいいよう」

 

ピエロ 「いつかパグの物語、一緒にやろうな。」

 

大道芸人「ま、お互い忙しいだろうけどね。」

 

ピエロ    「うむ。よし、眠る。あとは任せた!いつか目覚めるまで待っててくれ」

 

大道芸人「待ってる。ときたま、眠ってるあんたのこと物語にしてひとに話しとくよ。」

 

ピエロ    「なんて話すつもりだよ」

 

大道芸人「悔しいくらい才能のある、生真面目なのにふざけた男だ、って。」

 

ピエロ    「そんなふうに思ってたの!?一回も言わなかったじゃん!」

 

大道芸人「言わないでしょ。」

 

ピエロ    「うれしいなあ、同業者にそんなこと言われるの」

 

大道芸人「同業者っていうか・・・」

 

ピエロ    「あ、ライバル?」

 

大道芸人「友達だよ。あんたは、俺の大好きな友達だよ。」

 

 

ピエロはおおきくあくびをすると

そそくさとねるじゅんびをはじめました

 

それにしても、おもしろいかおをしています

かおをみているだけでわらえてくる、へんなかおです

 

 

大道芸人「アンタが眠ったら、どうしても悲劇になっちゃう気がするけどなあ。さんざんひとを笑わせてきたくせに最後の最後でひとを泣かすなんてなかなか三流だね」

 

ピエロ    「まだそれ言うの?だいじょうぶだいじょうぶ、ちゃんとみんな、笑うって。俺は一流だよ?君もがんばって笑ってね。」

 

大道芸人「がんばってみるけどさあ」

 

ピエロ    「いつでもあっちで待ってるからね。もしあんまりに俺が戻ってこなかったら、君も夢の世界に来るんだよ!」

 

大道芸人「はいはい。そのうちね。・・・じゃ、眠りなさいよ。」

 

ピエロ    「俺はしばらく別のところに居るから、俺のことはどうぞ忘れてくれ。みんなにもそう伝えてね。」

 

大道芸人「馬鹿だね。忘れてもらえるわけないでしょうが眠ったくらいで。あんたの作品残っちゃってるんだから。おびただしい数残ってるでしょうが」

 

ピエロ「ああ、まあ、そうか。やばいな。」

 

大道芸人「やばいって。おののきなさい。戦慄しなさい。あんたの作品は未来永劫みんなに見られ続けて愛されるっつうの。てか、普通にあんたの存在自体も思い出されるだろうし、みんなに。」

 

ピエロ    「そうかあ。・・・ううぅ、すごい、眠いぞ。」

 

大道芸人「お眠りなさいな。ちょっと、まあ、がんばってたもんね。ひとやすみしてください。夢の世界では犬アレルギーも出なかろうよ。」

 

ピエロ    「いいな!写真じゃないパグとたわむれるか。」

 

大道芸人「いいじゃんいいじゃん。」

 

ピエロ    「酒もガバガバ飲んじゃうもんね」

 

大道芸人「えー、いいなあ。一緒に飲みたいなあ。すごいな夢の世界、なんでもできるじゃん」

 

ピエロ    「なんでもできるならやっぱ・・・」

 

大道芸人「やっぱ?」

 

ピエロ    「パグになりたいね!」

 

大道芸人「はいはい、なりなさいなりなさい」

 

ピエロ    「なれるかな?」

 

大道芸人「さあ、どうかしらね。」

 

ピエロ    「くくく。よし、眠る。・・・・おやすみ。」

 

 

ピエロはめをとじると、すぐにねむりました

 

それをみていた大道芸人は、なぜかとってもさみしくなりました

ああ、じぶんはこのひとのことがすきなのだなあ、とおもい

おもえばおもうほどに、さみしく、かなしくなり

なきはじめてしまいました

 

大道芸人はおもいました

 

このひとは、いっつもこうとうむけいなことをやってひとをよろこばせてきた

あいとわらいをえがくことにかけては、おうさまだ

 

ぐがー、ぐがー

 

ねむっているピエロが、おおきないびきをかきはじめました

 

大道芸人は、パグのごげんについておもいだします

 

ちゅうごくごでは、「いびきをかいてねむるおうさま」

ふるいえいごでは「やさしくあいされるもの」

 

 

なあんだ、ゆめのせかいにいくまでもなく

あんたはパグじゃん

よくみたら、かおもなんかにてるし

 

そうおもったら、おもわず、わらってしまいましたとさ

 

 

おやすみなさい、おやすみなさい

ゆっくりゆっくり おやすみなさい

だいすきなあなた おやすみなさい