自分にもまだ舞台慣れしていない時代があった。あの頃はとにかくいつだって緊張していたし、一本一本が新鮮だった。次またいつ舞台にあがれるかなんてわかったもんじゃない、と、悩み続け励み続け、千秋楽が訪れれば人生がそこで終わるような心持ちにさえなったものである。あらゆる瞬間が、未知との遭遇に満ちていた。

 

それに比べると、そこまで、もう、僕らはウブじゃない。

 

年がら年中、何かしらの作品や現場に関わり続けている。千秋楽が訪れても、また翌日から別現場が始まるのがデフォルト。今生の別れ!というつもりでサヨナラした共演者やスタッフとも、またいつかの現場で再会できるということも知った。自分の人生が、短距離走ではなく、長距離走なのだと知ったのだと思う。

 

おぼんろの公演については、やはり、どうしても自分の中で他のどんなものとも意味合いが違う。

 

それでも、短距離走よろしくな全力疾走のまま走っていたい、と思い続ける自分もいる。また会えるつもりで別れた仲間と、もう会えなかったこともある。「いつまでも変わらない」と信じてきた物事が、ぜんぜん容赦なく変わっていくのだと知ったとき、膝をついて嘆こうにも後の祭りだと知った。

 

一瞬、一瞬に心を込めることで、恐怖を拭っている。愛するべきひとを愛することで、元気を保ってる。金銭的なことだとか労力だとか掛け値なしに費やして、待ち合わせの場所に向かっている。いつもよりみっともない格好になっているかもしれないけれど、息せき切らして辿り着いて、満面の笑みで再会しよう。

 

メル・リルルの花火。

 

仲間と手分けして、準備しております。

 

 

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演劇界の未来に関してはあんまり興味がなかったりする。なんか、どんな職業の人でもみんなおしなべて大切だ。

 

でも、友人たちのことは気になる。演劇人に友だちが多いのは仕方がなかろう。巷でも話題になっているように、みんなとっても傷ついている。すこしでも力になれたらと思う。相談の電話や連絡もたくさんもらう。あああああ、抱きしめてやりたい!と思うけれど、それはできない。

 

僕らは往生際悪く、どんなときでも演劇ができる方法を発明し続けている。まずは僕らが試す。自分が思いついたことは、なるべくいろんな仲間にもアイデア情報を共有するようにしてる。「自分だけのもの」なんて言うことなく、みんなで笑えられたら、と心から思う。

 

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ひとに優しくすることがオススメ。この未曾有の事態は、実を言うと大親友をつくる大チャンスだ。割とみんな落ち込んでいて、他人に対して攻撃的になっているひとも多いのが事実。そんな相手さえも優しさで包めたら幸い。攻撃的なひとも、ほんとうはただただ泣きそうなだけ、あなたのことを嫌いなわけでも憎いわけでもない。相手の事情や感情を念入りに想像して、なけなしの分量でかまわないから、優しい言葉の一つでも贈ってあげよう。話を聞いてあげよう。攻撃し返すよりは、絶対に幸せだし、人にやさしくしているのって、とっても自分の元気になる。そう思う。どんなに人にやさしくしても、僕ら損なんかしないからね。

 

大丈夫。どうせ最後には全部うまくいくんだから。