7月から待ちわびていた9月8日だった。毎日毎日、朝から晩までハムレットに染まり続け、実際問題、それなりに行き着いたような心持ちもしていた。風磨も見違えるように素晴らしくなって、あ、こんなハムレット観たことがない、と素直に思って感激する。この作品は、とにかくいろんな人物がハムレットに出会っては去り、ハムレットにどんどん影響を与えていくというもの。だから、とにかく、全員で力を合わせて作品作りに挑めたように思う。それは大変困難なことではあったけれど、とても心地よい時間でもあった。

 

昨日の夜から、天候のことは危惧していて、プロデューサーからも、最悪の場合、中止の可能性があるとも言われていた。今日も昼間から集合して様々なことをした。体を温め、返し稽古を繰り返し、士気も高め続けていた。楽屋では、みんな暇さえあれば天気予報を調べていた。本当に、開演2時間前まで、粘った。どうしても、初日を開けたかったのだ。

 

でも、無理だった。

 

だけれどこれは、英断だったと思う。とても、勇気のある決断。

こんな事態だからこそ、公演が通常に行えることのありがたみがよくわかる。

 
心が痛い。とてもつらい。だけど万が一、公演の帰宅の時に、この公演に携わった観客、キャスト、スタッフの誰かに何かあったらと考えたら、それはもう、選択肢など存在しなく、中止以外に手はなかった。
 
一期一会。本当に、我々は、同じ空間で物語を共有するというあまりにも濃密な演劇ということをやっていながら、それでも、次にまた会える可能性などない。
 
今日、もしかして地方から駆けつけてくださった方もいたかと思う。仕事の予定をこじ開けて待ちわびていた方もいるかと思う。コツコツとお金を貯めて今日に備えていた方もいるかと思う。「初日」というものが、僕らだけでなく、そこに駆けつける観客にとってどれほど特別なものなのかも知ってる。わからないけれど、今日を見逃すことによって、もう、この公演をご覧いただけない方もいるのかもしれないと、思う。そのあなたの心を想像すると、僕はいてもたってもいられなくなってしまう。それは、「たかが舞台だから」と、どうしても思えない自分がいるから。
 
僕らはどうしたって、ショウマストゴーオン、そういう心持ちで生きているから、本当に、本当に、悔しい。だけど、世の中で起きる全てのことに何かしらの必然性があるに決まってるんだ、と、無理矢理に信じ切ってみることにする。きっと、これで良かったんだ。
 
僕は自分の主宰する劇団おぼんろの公演で、強風のため公演を中止にせざるを得なかったことが一度ある。僕は大号泣して駄々をこねたけれど、安全のために、絶対に公演はできないという結論だった。あの時は、どうしたらいいのかわからなかった。だけれど、それから数年経って、あれはきっと、悪いことではなかったって、思えるようになっている。今でも心は痛むけど、でも、ちゃんと、今、あの時の未来を、自分は、生きられている。
 
今日のことを、僕らが持つ共通の思い出としたい。痛い思い出だけど、大切な思い出にしたい。そう思います。
 
きっとまた会えると信じて。どうにか、素敵な未来が待っていると信じて。これで良かったといつか思えると信じて、今日の、この、どうしたらいいのかわからない、眠れそうにない夜を過ごしたい。
 
気落ちしているかも知れないあなた、いつかあなたに、僕らが今日の代わりの何か素敵な時間を贈ることができますようにと、勝手ながらに願っています。
 
おやすみなさい。
 
どうかみなさん、くれぐれも、台風には気をつけて。
十分すぎるほどに注意して、過ごすことにしましょう。
 
おやすみなさい。