僕ら、
晴れた日に隣を歩くひとだけでなくて
ときどき、
いっしょに雨に濡れてくれるひとを欲しがったりする。
雨の感じ方はひとそれぞれで、
相手が自分と同じに感じてくれているのかも、
自分が相手の感じ方を正しく感じることができているのかもわからない。
だけど、そのことに悲しみや痛みは必要ない。
同じ雨に濡れてみる。
わざわざ、すすんで。
相手の隣に滑り込む。
それぞれの感じ方を想像し合う。これほど優しい現実がこの世界のどこにあろうか。
・・・・・・
同じ雨を飲んだふたつの苗はたとえ別々の種類であろうともからまり合いひとつの幹のようになるかも知れない。引き剥がされたらそれぞれ自立できぬほどにか弱きものかも知れないけれど、ねじれからまる間はどんな木よりもたくましい。そして美しい。何千年もそびえながらにその木たちは、双葉時代に浴びた同じ雨の思い出話に花咲かす。
咲かしてほしい。
