そもそもアイドルというものが文化として理解できない。批判はしないし容認もするけれど、俺はまったくわからない。露出の多い格好をするひとがいて、それを観る人がいて、という構造が、なんかふつうであることが気持ち悪い。人間は普通に恋をして結婚をして終わりでいいんじゃないかとおもうし、すきなひとがいれば話に行けばいいと思うけれど、どこの馬の骨かわからない接点のない他人に対してピーキャーいろめきたつというのは、なんだかとても無責任だし、汚らしい、といったら失礼だけれど、俺がバスタブにトイレがいっしょにあるのに混乱をするのと割と似たような感覚で、“どっからどこまでがいいの?”みたいな気持ちになってしまう。グレイだ。限りなくグレイなゾーンだ。多数決の世界?合コンというのは、健全なもの?風俗というものは?ナンパは?どれも、どうにもこうにも許せない。つまらない人間に育ったものだと思う。頭でっかちでもある。でもやはり、おしゃれをしようとおもったり、おしゃれをしているひとを目撃したときに、よくよく、とてもクジャク的な脳みその小ささを感じて悲しくつらくなるし、どちらかというと 猿的なスケールに泣きそうになる。ああだから、常々申し上げているように、かたつむりになってしまいたい。
そういう、たぶんけっこう現代の人間だから気にしているのか、おかしな宗教観にもにているのかわからないようなこの圧倒的な感覚を、はなしてもしょうがないじゃん的な、人間なんてラララ的な部分に落ち着けることに、頭では理解していてもぜんぜんサクサクッとすっきりしないまま、もうそろそろ25歳も終わろうとしているわけで、うっかり生まれてしまったんだなぁという感覚をやっぱり抱きながら、今日も元気に生きている。現代の演劇ととことんまで気が合わないのは、こういう恐ろしく面倒な潔癖があるところでもあって、大事大事といわれるヨコノツナガリというものを諦めて地力の道にたっているのも、たぶんそんなようなことたちが原因。
というようなことを考えて、とんでもなくアホなコメディを書いている、今日この頃。
笑いって、限りなく技術や理論に裏付けされたジャンルだけれど、あんまりそれらを考えすぎると失敗しそうな予感がしたもので、今回にかんしては、たぶんこれがおもしろいと自分たちが悪ノリ出来るようなたぐいのものを、どうにかこうにか書いています。自分を日本人だと思うと背が低くなる気がしたから、名乗るときは地球人と名乗りたい。銀河の果てのミスターに、よろしくチキンラーメンとかを振る舞って差し上げたい。地球の食べ物はたぶnん、三次元世界的にも、特においしい。