「大礼服の例外的効果」 | ブドリの森

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先日、見学に行った旧盛岡高等農林学校本館
 
宮沢賢治の短編小説「大礼服の例外的効果」の舞台と言われている。
 
大正元年築のレトロな欧風建築とともに ご覧下さい。
 
 
 


 
 
 
「大礼服の例外的効果」
 
 
こつこつと扉を叩いたので さっきから大礼服を着て
 
二階の式場で 学生たちの入ったり整列したりする音を聞きながら
 
スト-ヴの近くできゅうくつに待っていた校長は 低く よし と答えた。

旗手が新しい白い手袋をはめて そのあとから剣をつけた鉄砲を持って
 
三人の級長がはいって来た。
 
 
 
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校長は雪から来る強い反射を透して 鋭くまっさきの旗手の顔を見た。
 
それは数週前いきなり掲示場にはりつけられた 
 
われらはわれらの信ぜざることをなさず といった風の宣言めいたものの
 
十幾人かの連名のその最後に記された富沢であった。

 それについてのごたごたや調査で校長はひどく頭を悩ました。

ところがいま富沢は大へんまじめな様子である。
 
 
それは校旗を剣つきの鉄砲で護るわけがちゃんとわかったようでもあり
 
また宣言通り式場へ行ってから いきなり校旗を投げ出して
 
何か叫び出すつもりのようでもあり どうも見当がつかなかった。
 
 
みんなはまっすぐにならんで礼をした。
 
 
 
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校長はちょっと うなづいてだまって 室の隅に書記が出して立てて置いた校旗を指した。
 
富沢はそれをとって手で房をさばいた。
 
校長はまだじっと富沢を見ていた。
 
富沢がいきなり眼をあげて校長を見た。
 
校長はきまり悪そうに ちょっとうつむいて眼をそらしながら 自分の手袋をかけはじめた。
 
その手はぶるぶるふるえた。
 
 
校長さんが仰るようでない もっとごまかしのない国体の意義を知りたいのです 
 
と前の徳育会でその富沢が言ったことをまた校長は思い出した。
 
それも富沢が何かしっかりしたそういうことの研究でもしていて
 
じぶんの考えに引き込むために そう言っているのか全く本音で言っているのか、
 
あるいは 早くもあの恐ろしい海外の思想に染みていたのか どれかもわからなかった。
 
卒業の証書も生活の保証も命さえも要らないと言っているこの若者の
 
何と美しく しかも扱いにくいことよ 扉がまたことことと鳴った。
 
 
 
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古いその学校の卒業生の教授が校旗を先導しに入って来た。
 
校長は大丈夫かと言うようににじっとその眼を見た。
 
教授はその眼を読み兼ねたように礼をして
 
「お仕度はよろしうございま〔す〕か。」と云った。
 
「よし」校長は言いながらぶるぶるふるえた。
 
教授はじぶんも手袋をはめてないのに気がついて あ失礼と言いながら室を出て行った。
 
校長は心配そうに眼をあげてそのあとを見送った。
 
 
 
 
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校長の大礼服のこまやかな金彩は 明るい雪の反射のなかでちらちらちらちらふるえた。
 
何というこの美しさだ。
 
この人はこの正直さでここまで立身したのだ と富沢は思いながら
 
恍惚として旗をもったまま校長を見ていた。

 


 
 
 
盛岡高等農林学校らしい学校を舞台に、何かの式典を前にした
 
「校長」と、旗手「富沢」との間の、微妙な心理を描写した作品。
 

 ここに登場する旗手「富沢」とは、まさしく「宮沢」賢治自身と思われる。
 
賢治は盛岡高等農林学校在籍中に旗手を務めたことがあり、
 
「宣言めいたもの」の連名を提出するような出来事も実際にあった。
 
 
ここでは 若々しい自由な精神と、古い体制的な精神との間の葛藤が描かれている。
 
生活の保証も命すらいらないと言っていた富沢が
 
立身出世の象徴である大礼服のきらめきを 美しいと見とれるシーンで終わるが
 
でも、それは決して羨望ではなかったことは確かだったろうと思う。 
 
 
            岩手大学農学部
     付属農業教育資料館はこちら   http://news7a1.atm.iwate-u.ac.jp/edu/