種山ヶ原は北上山地の南西部に展開する 標高600~800mの準隆起平原で、
夏の広大な牧草地には牛が放牧され、
その牧歌的な風景に魅かれた宮沢賢治が こよなく愛した場所です。
この高原の大自然は 賢治に数多くのインスピレーションを生み膨らませ、
「種山高原」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」などの作品の舞台になりました。
三六八 種山ヶ原 1925・7・19 「春と修羅 第二集」より
まっ青に 朝日が融けて
この山上の野原には
濃艶な紫いろの
アイリスの花が いちめん

靴はもう 露で ぐしゃぐしゃ
図版のけいも 青く流れる
ところが どうもわたくしは
みちを まちがえているらしい

ここには 谷がある筈なのに
こんなうつくしい広っぱが
ぎらぎら光って出てきている
山鳥の プロペラアが
三べんもつづけて立った

さっきの 霧のかかった尾根は
たしかに 地図のこの尾根だ
溶け残った パラフィンの霧が
底によどんでいた、谷は、
確かに 地図の この谷なのに
ここでは 尾根が消えている

どこからか 葡萄のかおりが ながれてくる
ああ 栗の花
向こうの 青い草地のはてに
月光いろに盛りあがる
幾百本の 年経た栗の梢から
風にとかされ きれいな かげろうになって
いくすじも いくすじも
ここらを 東へ通っているのだ