人は生まれた時に、
自分が使う一生分の水を、
背負って生まれてくるそうです。
末期の水といいますが、
自然死の場合、
だんだん水しか飲めなくなり、
最期は水もうけつけなくなります。
ついこの間、
東京中の店頭から、
水のペットボトルが消えました。
通りには、水を求めて、
店という店をまわる人や、
やっと見つけた水を、
自転車に積んで走るひとが、
あふれていました。
しばらくしたら、
昼夜働く人々のおかげで、
またたくまに、流通が回復し、
あっというまに、水が出回りました。
あのままの状態が、数ヶ月続いたら…
と思うと背中が寒くなります。
あの時に感じた、
恐怖感や不安感は、
決して無駄ではなかったと思います。
私も、一時は、
うがいやシャワーの水に、
恐怖感を抱いていました。
一人一人の背負い水。
ひとつの国の背負い水。
地球は水というエネルギーの、
使い方と大切さを、
教えてくれたのかもしれません。
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