・・・人は何かの切っ掛けがあれば、
変容するものである」・・・
これを自ら体験し、級友たちに人間の可能性について考えさせ、信じさせた上に、差別と区別について考えさせ、生と死について考えさせる原因を提供してくれた生徒を紹介します。
事の発端は、体育の授業に始まる。
柔軟体操をしていた時に、F先生が「Kの柔軟度は一級品だ」と言ったらしい。班ノートにその事が簡単に「学級で一番柔軟性の高い男」と、紹介されていたので、私が「学級便り」にその文を転載したところ、学級内で大変な話題になり、「身体の柔らかさを是非見たい」と言う要望が、特に女生徒から強く出されてていた。 しかし、本人は小学校時代から今まで他人の注目を浴びた事が無いため、恥ずかしがって要望に答え様としなかった。
それと、Kは無口と云うか寡黙と言うか、私自身も滅多にKの声を聞いた事がない。小学校時代の記録を調べてみたら、誰にも相手にされず完全に「シカト」と言う状態で、それも意識的に『シカト』されていたのではなく、存在感が全くなく、誰にもKの存在を意識された事がない。と言う状態だった訳だが、中学生になって複数の小学校から生徒が来た事で否応なしに班の仲間に引き込まれ、発表も回り順となって仕方なしに発言をしていたと言うのが実際で、K自身は出来るだけ目立たないように努力していた様である。
Kと出身校の違う生徒は、昔の経緯などは全く知らず、完全「リセット」の状態だから、Kがなぜ嫌がるかが判らない。女子生徒に取り囲まれて「柔軟性を見せろ」と言う要求に何回も遭っているのは見ていたが、Kは「無言で逃げの一手」だった。
それでも、見たいと言う声が絶えず、終いには彼の柔軟性について紹介した文まで、「あれは嘘だったのではないか」と言う声が女生徒から出るようになり、私は静観していたのですが、このままではいけない、対処する必要性があると考え、放課後、彼を呼んで、「事実は事実として、知らせることは恥ずかしいことではない」「親から貰った身体的素質であって、他の生徒より優れたものである」「黙ってこのままにしておくと、君の事を紹介した班長の○○君が嘘つきにされてしまう」などと、一時間以上に亘って説得し、納得させてみんなに見せる事にした。
翌日の朝の学活の終了時、机を下げて空間を作り、学級全員の前で柔軟体操をさせ、最後に床の上に両手・両足を広げて、漢字の「土」の字の形が出来るなど、見事な柔軟性の披露が出来た。今まで学業不振で、誰にも注目されなかったのに、一躍注目の的となり、特に女生徒の賞賛の声が多かった事から、自信を持って物事に取り組む様になり、今までは精々5~6行しか班ノートに書かなかったのに、それ以来、1ページ以上書いて来る様になった。
特に今回は、他の生徒が全く触れていない「命の大切さ」に触れた文を書いて来たので、特に「学級便り」に取り上げてみました。
班ノートより 5月15日 K・K (誤字・脱字は修正しました)
僕はTVや本などで戦争の事を少し知っています。何故同じ地球人同志なのに殺し合いをするのかな。と思います。
僕は、日本の戦争のことも少し調べてみましたが、広島と長崎に原爆が落とされたようです。この原爆で沢山の人が死んだようです。
そして、沖縄の方でもアメリカ兵が攻めてきて、沢山の人が殺されたとの事です。戦争は何とか終わったのですが、まだ、戦争の時の怪我をしている人や、白骨死体が見つかるようです。
僕は、戦争は嫌なことだと思うし、死んでいった人は可哀想な気がします。もう、どこの国も戦争はやらないで欲しいと思います。
僕が映画やTVで見た事があるのは、「ハダシのゲン」「カンカラさんしん」や「ほたるの墓」ですが、このようなこと(注・上記のような事 )が判りました。
・・・・・・中略・・・・・・
僕は戦争時代に生まれなくて、本当に良かったと思います。若し、生まれていたら死んでいたかも知れません。または、けがをしていたかも知れません。だから、僕は戦争時代に生まれなくて本当に良かったです。
・・・・・・中略・・・・・・
もう、戦争や殺しあうことなどは、どこの国でもこれからは(絶対に )やらないで欲しいです。
・・・・・・・・・以下 略・・・・・・・・・・



この班ノートの記録は、大変な反響を呼びました。まず、班内では、「今まで幾ら言っても、5~6行しか書いてこなかったK君が、1ページ以上も書いてきた」と言う驚きに始まって、K君の柔軟性だけに注目が集まっていたが、班内での発言も少なく、重要視されていなかったK君が「こんな意見を持っていた」と言う驚きが最初の反応で、次には他の班の班員の戦争に関してや、人間の生命に関する「私はこう思う」と言う意見が、班ノートに書かれ始めました。
学級便りに掲載した事によって、他の班から「全文が知りたい」と言う希望が出たので、「道徳」の時間を利用して、「命の大切さ」と言うテーマで、K君の文章を読み上げ、『「答え」は無理にまとめず、それぞれがどんな感想を持つたか発表しなさい』と指示して話し合いをさせ、「特に自分の意見を全体に発表したい人」と、希望者のみ数人に意見発表をさせました。
その後、「先生の経験を話します」と言って、私が樺太出身である事・小学校六年の時戦争が終わった事・戦争が終わる前に「ソ連」の攻撃があった事・空襲や艦砲射撃を受けた事・八月十五日に「玉音放送」があって戦争が終わったのに、攻撃が続いた事。八月二十一日に引き上げ船に乗り、二十二日に北海道に来た事・同級生の殆どが乗った船が国籍不明の潜水艦に攻撃されて留萌沖で沈んだ事・クラス五十六人中生き残ったのは五人である事を話し、「君たちも生きている事がどんな意味を持つか、考えて見てください」と締めくくり、この授業を終わった。
このK・K君は、普段,誰にも注目されたことが無く、親にでさえ「あの子は勉強は駄目だから」と、勉強の出来・不出来がこの子の価値を決めているかのような言われ方をされていた生徒であり、他の父母にも、学業成績の善し悪しが総てではない事を知ってもらい、他の生徒にも、人間の値打ちは学校の成績では決まらない、能力には個人差があることを理解させ、お互いに差別と区別の違いを認識して貰おうとしたのがこの授業です。
そして、父母にも「命の大切さ」を考えてもらい、子供と話し合ってもらいたい。と考えて学級便りに掲載したものです。
・・・K君のこと・・おわり・・・
先生の卵さんたちへ
あなたも生徒とともに生き、変容してください。