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お爺ちゃんの昔話
 ー夢や希望を捨てていない若い先生方へー引退教師からの伝言ー
(私の記事全てに亘って転載・複写・拡散自由です)

          二学期以降の生徒の動き


                                   ・・・・・・・お詫び・・・・・・・・


 1年時の学校祭の取り組みは、生徒会の顧問として全面的に学校祭の企画・立案・準備計画・準備日程・プログラム作成など、生徒会執行部との話し合いに追われ、忙しさの余り、「学級便り」も発行せず、おまけに退職時に「班ノート」を紛失すると言う不手際。記録が殆ど残っていないので、ここでは割愛せざるを得ませんでした。
obirameのブログ-学級便り 17号

 学校祭が、班の取り組みを中心として行われ、終了した事で、新しい目標を持った班を編成する事にしました。目前に迫った炊事遠足と生徒会役員改選を考えさせる班でした。今までの「班の目標」は、班編成に対する生徒の抵抗を減らす効果を狙ったものでしたが、二学期に入ると、班の編成替えに抵抗が少なくなったので、改めて目標を与えたかったのです。

 



    過去に用いた「班の目標」は、次の様なものです。



1・体育大会を成功させる班      2・研修旅行を成功させる班


3・学級キャンプを成功させる班    4・学校祭を成功させる班  



・・・学級開きの時に私が作った班と、班長選出から生徒の手で行わせた班を加えると今までに6~7回班を編成換えした事になります。なぜこうするかについては後でまとめて説明したいと思います。

 炊事遠足は、学年で目的地を神居古譚(カムイコタン=タンは本当はサンズィなのだ。アイヌ語地名・神の居ますところの意)とし、学年生徒・引率者共に自転車で往復する事とする。経路は道道・国道・自転車道を利用し、交通の決まりは学年集会で最終決定する。



 学級では、往復の班毎の出発順・休憩場所・班内の走行順・班で用意する食事の献立と買い物・個人で準備するもの・個人の役割分担など,細々と相談させ、特に自転車走行の交通ルールとマナー・注意事項を生活委員に徹底させて実施しました。この中で面白かったのは、班毎の順番を決めた際、班長が先頭・副班長が後尾・女子が先で男子が後ろと言う決まりと、追い越し絶対禁止と言う決まりでした。従って、班毎に自転車の走行順を決めてこれを守る事になります。


 勿論、終了後の学級反省会では、班毎の反省とその発表・他の班からの批判・意見に対する討議などを行い、かなりの意識の向上が見られました。
・obirameのブログ-学級便り 18号
ペタしてね ・・・続く・・・
 先生の卵さんたちへ読者登録してね ローマは一日にして成らず・・・人を人らしく育てると言う職業を選んだ以上、焦らない・焦らない。入学から卒業までの三年間で育て上げれば良いのです。

 遠足などでは、自分たちで決めたことを絶対に守るということがいかに難しいかを全員が知り、いい加減な妥協をしなくなるきっかけになりました。

        夏休みは教師の休みではない


                          ーキャンプ実施計画までー


 私がこの学校に赴任して来たのは昭和60年の春でした。前任校でもそうでしたが、生徒が「キャンプがしたい」と言うので、生徒と一緒に計画書を作り「学級キャンプ実施計画」を職員会議に提案したのですが、「前例が無い」「担任の引率に問題がある」「事故発生時の責任の所在」などが問題となり、教職員の大部分の反対で許可されませんでした。(昭和61年度・中三担任時)



 生徒たちが悔しがって、詳しく「生徒心得・校則」を調べたところ、夏休み中に家庭で行うキャンプは、引率責任者・行き先・宿泊日数・参加人数を記入した申請書を学校長に提出し、許可を得て行う。と言う文を発見してきました。早速、生徒の意見で、父母の中から引率してくれる人を探してキャンプを行う事になり、学級で父母に問いかける事になったところ、2~3日で三人の父母が名乗り出てくれました。



注・・・個人的見解ですが、夏休み中に各家庭で行う家庭行事まで、学校長の許可が必要と言うのはおかしな話である。この一事だけで、不測の事態が起こった時に学校が責任回避するにはどうするか、管理職が如何に生徒の管理に腐心していたか、学級キャンプを危険視していたかが判る。夏休み中は「生徒を家庭に帰し、親子の対話や触れ合いの場として家庭の役割を見直しててもらう」・・・夏休みの心得・・・ならば、家族キャンプに、学校長の許可等は余計なお世話と言うものである。結局、この余計なお世話が墓穴を掘ることになったわけである。



 たまたま、学級の生徒の父親がPTAの会長で、その人が引率責任者として名乗り出てくれたので、早速、父母引率による「学級キャンプ計画書」を作成し、職員会議に提出・学校長の許可(教職員は一人も反対しなかった)を得て(明らかに学校長は嫌々だったが)実施する事が出来ました。


注・・・ これは、生徒の方の作戦勝ちで、先生方がPTAの役員に弱いと言う事を知っていて、文句を言わせないために数人で押しかけて、PTA会長のオヤジさんを口説き落としたらしい。先生方は生徒を子供だと思って教師風を吹かしていて、足元を掬われたことになる。私が事実を知ったのは彼らが高校を卒業して、分散前の記念のクラス会を開いた時だった。





           計画書の概要は、次の様なものでした。



1・学級キャンプの意義・目的     2・宿泊先・日時     


3・利用する交通機関          4・引率者・生徒の班編成 


5・日程表・食事の献立         6・行事予定・班の分担


7・レクリエーション計画         8・参加費用・注意事項


・目的地は国定公園朱鞠内湖畔。  二泊三日の日程とする。


・意義・目的=学級の団結と協力・男女の理解と協調


・引率者は学級員の保護者三名(ここでは氏名省略)


・担任教師は、引率者としてではなくオブバーザーとして参加。


・公共交通機関を往復利用。


・班編成は男女混合・宿泊のみ男女別とする。


・一日目の昼食持参。班単位で食事の準備を行う。


・献立は事前に 8 食分のメニューを作成。


・必要食材は班単位で準備・持参する。


・テントは各家庭のものを使用する。


・班の作業分担


  生活・保健・レク・会計等の仕事を班で分担する。



  交通ルールの遵守・キャンプ場のマナー遵守・発電所見学ダム見学・肝試し・フォークダンス・花火大会・・・などを計画した。        

 


 この時は、生徒たちの保護者に対する働きかけが大きく、PTA会長自らトラックを運転して、テントや毛布・寝袋・食材等の運搬をやってくれ、母親たちが食事作りの監督として引率者に加わってくれた事も、職員会議で学校長がキャンプ実施を認めるのに、大きく影響したと思われます。


 となりのB組でも、「A組だけがキャンプをするのは不公平だ」と言う声が高まり、学級キャンプ実施の機運が高まったが、事前準備の不足から、8月10日前後に行うこととなり、職員会議の了承を得られやすい「学校敷地内」の一泊二日のキャンプを実施する事になり、食事準備は母親が動員されて行われた。(私の目論見通りに波及効果があらわれた)



 翌年から、学校敷地内のキャンプを二・三年生が実施するようになり、それが夏休みの恒例行事となった。私も、夏休み中の学級行事が全校で行えるようになった事と、禁止されていた「学級キャンプ」が「学校敷地内」とはいえ、出来るようになったので、「校外キャンプ」は止めて、これに参加する事にした。



 『学校敷地内』とはいえ、キャンプを行う事は、生徒の意識作りや成長の他に、知られざる効果があったと思う。それは、父母が懐中電灯持参で、夜中の巡回の手伝いに来たり、『陣中見舞い』と称してアルコール飲料持参できた数人の父親と朝まで『父親懇談会』をやり、その成果が後の『父親参観日』となって効果を挙げた。 

    


ペタしてね ・・・・・以上・1年生の部・・一学期終了・・・・・10月1日記入完了

 お詫び・・この記事のみ三年生の記録を使いました。キャンプの詳細については三年の記事で詳しく・・・。

先生の卵さんたちへ読者登録してね 小集団の思考訓練を受けた生徒は、子供ではありません。大人が舌を巻くような素晴らしい思考をします。そういう生徒を育てて、この国を良くしましょう。

     夏休みは教師の休みではない


                          ー休み中の行事は嫌われるー


 一学期が終わり、夏休みに入ると、「学校の先生は夏休みがあって良いですねぇ」と良く言われます。しかし、部活動の担当(監督)をしていれば、三年生の引退後の「新チーム」作りの計画を立て、運動能力の測定や基礎体力作りを行い、基礎技術を教えてやるのは、この時期以外にありません。また、学級・学年行事が計画されていれば、その準備のための生徒との打ち合わせは、かなりの時間を必要としますし、自分の「教師としての資質向上のための研修」は、この時期以外には絶対に出来ません。


 更に、一学期の反省に基づいて、学級の問題点や班の問題点を掘り起こし、二学期に備えての班編成の基本構想も立てなければいけません。特に、二学期は期間が長く、学校祭(文化祭)・合唱コンクールその他の文化行事が多く、それに対応する班を成立させる必要があります。



  反省(2010年10月現在)


1・ 最近の自分の文章を読み直してみた。力が入りすぎ。退職して17年にもなるのに未だに現  職のつもりて書いている。過去形になるべきなのに・・・


2・ 今朝の三時半ごろ、苦しくて目が覚めた。心臓の発作だ。予ねて用意のニトログリセリンの錠    

  剤(舌下錠)を・・・・やりたい事・伝えたい事は山ほどある。急がねば・・・・




 学校によっては、「夏休みは、子供を家庭に帰し、家庭生活の分担をさせる」(あなたはこの言葉に説得力があると考えますか)その他の理由で、夏休み中の学級行事を担任に自粛??させ、特に「学級キャンプ」などは禁止している学校が多い。学校や家庭から離れての集団生活の経験は、二年の「宿泊研修」と三年の「修学旅行」だけで良いと考えているのか。



 皮肉な見方をし、言い方をすれば、「せめて夏休みは生徒から離れていたい」と考える教師が多いためか。(その気持ちは痛いほど良く判ります。私もヤマメ釣りに行きたくて、欲求不満の塊みたいになっています) 学級キャンプの意義や価値判断・評価を理解して貰い、実施に漕ぎ着けるまでには、かなりの抵抗を乗り切らなければいけません。なぜならば、たった一つの学級であっても、「学級行事としてキャンプを実施」する事を認めてしまえば、それが「前例」となり、それこそ「燎原の火」のごとく全校・全学級に飛び火して、キャンプをやらない教師は生徒から「悪の権化」のように批判される事が判っているから、そうならないうちに火種を消すために、私のような教師の意見を潰そうとするのです。



 また、実施するとすれば、その計画・立案・準備にはかなりの時間と努力が必要であり、父母の協力を得るための働きかけも重要になってきます。教師間の不平不満を一身に引き受ける形になったのが、「学級キャンプ実施計画書」を夏休み前に職員会議に提出した時です。会議は揉めに揉めて、「寝た子を起こすような事をするな」とか、「他のクラスの生徒に影響する」とか、要するに自分はキャンプをしたくないので止めさせたいわけです。


 この学校でも、以前は禁止条項の中に入っていたが、私が学級キャンプを実施した次の年から学校の敷地内での「学級キャンプ」を許可する事に方針が変更になり、以後、毎年敷地内での「学級キャンプ」が盛大に行われるようになった。


ペタしてね ・・・つづく・・・
先生の卵さんたちへ読者登録してね 生徒に対する禁止条項の中には、大人の勝手な理屈で生徒に押し付けている物がかなりある事を知っておいてください。

      

          15の春ー自分の力を育てるためにー



 しかし、現実には、教師は放課後の生徒会や委員会活動の顧問・勤務時間外の部活動の練習・練習試合・対外試合の引率・校務分掌の仕事・教材研究・教材準備・テスト作成と採点業務・生徒との話し合い・班会議や班長会議への出席・職員会議・研修委員会等々・・・やりたい事は沢山あるのに、仕事が多すぎて、生徒に取り組む時間が不足しているのです。



 ・・・・・と、すれば、生徒の個人的な努力 + 班の援助(このとき生徒には絶対に支えとなるもの)が必要であり、生徒には「自分を変える努力」を求め、「班」や「学級」には、「自己改革を目指す生徒を援助する」と言う目標を掲げさせる必要があります。学級担任は、そういう「班」や「学級」を作っていくために指導せねばならず、他の教師との連携や協力が必要であり、個人だけでなく学年や学校全体でも研修を重ねる必要があります。



 私が学級開きの日に、保護者や生徒に示した目標は「みんなが一人の為に、一人がみんなの為に、喜び、悲しみ、励ましあっていく」 そんな学級を作りたいと思います。と言うものでした。「この目標は、この生徒たちが中学校を卒業するまでに達成出来れば、素晴らしい学級だった。と、みんなが思って卒業出来るでしょう」と、三年計画で生徒を育てる事を宣言したのです。



 終業式の日、一学期最後の学活で「通知箋」を生徒に渡していましたが、生徒は班の中で、お互いに平気で見せ合っていました。「自分が努力した結果なのだから恥かしくない」と言うのが彼らの考えでした。


 そのうちに彼らの中から「変だ・可笑しい」などという声が上がり、私の所へ質問に集まって来ました。彼らの疑問は、複数の生徒からの質問で、生徒の疑問は、「クラスで一番良い点数を取ったのに、何故、評価が 5 でなくて 4 なのか」という事で、複数の科目で質問が出されました。(夏休み中にも父母から同じような質問がありました)これについては、学級担任の方で教科担任に質問をし、二学期の初めに説明する事で納得してもらいました。


注・・・当時は、絶対評価ではなく相対評価と呼ばれる評価法で、学級の構成人員に対して、その5%は5または1・15%が4または2・のこり60%が3と言う五段階の評定が行われ、この割合は、厳重に守られ、高校入試のときの内申点として高校に報告され合否判定に使われたのです。





   質問に対する各教科担任の回答

  

 評価= テストの点+普段の学習態度+学習意欲+挙手+発表その他



 教科により違いはあるが、国語・社会・数学・理科・英語の五教科については、ペーパーテストが評価に占める割合が高く、8対2 とか 7対3 と言う割合なのに対して、実技教科は 3対7 とか 2対8 とか 1対9 などの割合で普段の様子を重点として評価がされている様である。

 但し、教科によっては、ペーパーテストの点数は殆ど参考にしかしないと言う先生もいた。



 生徒の質問から、今まで教師個人の情報として、同僚の教師にも秘密になっていた、教科毎の評価基準が生徒や父母の前に示された事は、秘密主義のベールを剥がす第一歩になったと考えると、非常に大きな成果であったと思う。

  



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ペタしてね ・・・続く・・・  

先生の卵さんたちへ読者登録してね  生徒が知りたいと思った事を隠すことが教師の威厳を保つことになるなどと言うのは「大いなる幻想」でしかありません。生徒にはありのままの自分を見せることが教師の勤めと思いますが・・・。

         15の春を自分の力で掴み取ろう


       ー生徒に自分の力で乗り切る力を与える為に

                            親を躾けるのが教師の仕事ー



 私は、生徒に「自分の将来の進路」を考えさせ、そこから「自分の進みたい高校」を選ばせ、仲間に教えられ、助けられ、支えられる事によって、自らも向上していく生徒を育てたかったのです。現在「進路指導」と呼ばれているのは、「高校進学指導」であり、「偏差値」に基づく「高校受験指導」になっているのではないでしょうか。



 保護者もまた「どこの高校でも良いから入れてください」などと平気で教師に頼み、「今の成績で入れる高校はどこでしょうか」と尋ね、「生徒の希望や向上心を平気で打ち砕いている」者が多いのです。その癖、「子供を人質に取られている」から、「無理でも教師の言う事を聞く」等の不満を持ち、表面的には教師を尊敬している様な言動を取り、他の親には秘密に「盆・正月」の付け届け等をしながら、一寸した事で、陰口を言いふらし、学校長・教育委員会への密告の「匿名電話」が後を絶ちません。



 保護者の中には、少しでも厳しい指導をすると、「親でさえ叱った事の無い子供を、他人の教師が叱った」と血相変えて怒鳴り込んでくる者もいるのだから、教師の中には、優柔不断・甘やかし・指導の手抜きをする者が出てくるのも、ありうることだろうと思いますし、現実に私のクラスでもそういう親を見てきました。


 「親が叱ってくれない生徒」・・・生徒がどんな思いで今まで生きて来たか貴方は判りますか。と私は親に言ってやりたい。「親に社会常識を躾けられずに育った子供が、将来どんな恥を掻くか判りますか」と親を叱りたい。



 しかし、自由・平等・個人の権利の尊重の解釈が,自分個人が有利になる事しか考得られない利己主義の親が何と多い事でしょう。親や周りの大人・例え教師であっても、反面教師としてみる事の出来る生徒を育てて行くのが教師としての勤めではないでしょうか。



 私自身、「15の春を泣かせない」と言う理想は認めますし、そうでなければならない。とも思いますが、その為に生徒の希望を無視しての「学力テストによる輪切り」や「ランクによる受験高校の決定」には賛成出来ないのです。高校進学後「一ヶ月もしない内に退学」する生徒が多いのは、「15の春」を泣かせない為に「努力して入りたい学校」ではなく、「努力をせずに現在の学力で入れる高校」へ進学させる親や教師が悪いと思います。   



 また、学校管理者も親も現実を見ず、ランク切りを行った「高校合格率の高い先生」を「優秀な先生」と考え(合格さえすれば、中退者が出ても、父母や生徒の責任・高校の指導上の問題と考え不問に付す)賞賛するような風潮や、移動時に優遇する(中心校に栄転???させる) など、間違いの最たるものであると思うのですが・・・・  


ペタしてね ・・・続く・・・

先生の卵さんたちへ読者登録してね もし、私の意見に賛成であっても、あなたが赴任した学校では、絶対に自分の意見として公の席では発表しないこと。酒席でも、無礼講と言われても自分の意見は言わず、先輩諸氏の意見を頭を下げて頭上を通過させることをお勧めします。

         (2010年9月投稿・・2012年6月・2014年3月・修正加筆・再々投稿)

         十五の春をー自分の力で勝ち抜こうー


               -「班学習」による学び合い・教え合いの効果ー


 


 必要なのは「入りたい学校」に「入れるだけの実力」をつけてやる指導力と、生徒の「やる気」を引き出し、「やる気を育てる」努力なのです。それには、個人の学級担任教師の力には限界があり、教師仲間の協力と意思の疎通が欠かせません。



 また、保護者の協力と理解がなければ、総てが無に帰しますし、生徒自身の「自己改革」の強い、そして継続的な意思がなければ、更に、それを助ける「班」や「学級」が成立していなければなりません。



 「全員が自分の希望する高校に入学する」と言うのが、私の担任としての目標でしたが、この目標を生徒自身の目標として達成させるためには、将来において「高校全員合格」を目指して「学習に取り組む班」を作り、「班」で「個人の目標」(入りたい高校に入る)を実現させるための「協力・助け合い・学びあい」を行うための条件作りをするために、「学習に取り組む班」を絶対必要条件として取り上げ、「班」のなかでも「学級」の中でも、個人の成績をオープンにする事が出来る様にしたい と考えました。



 その第一段階は、各種テストの答案の返還を教科担任から委託された時、帰りの学活の時に生徒の名前を呼び上げて渡すのですが、「おお、凄いね、満点だ」とか「もっと頑張れよ」とか一言メッセージをつけて渡しますが、何教科か重なるとかなりの負担になり、学活で取り上げるべき問題などがあった時は、その対処法を考える時間も欲しい。


 そこで答案の返還の時の名前の呼び上げの仕事を、「学習班の仕事」にしました。勿論、生徒からは猛烈な反対意見が出て、一時学級内は騒然としましたが、「学習班班長」の言葉に賛成意見が出て決着しました。



 反対意見は「他の人に自分の点数を見られるのが嫌だ・恥ずかしい」と言うものでしたが、賛成意見は「自分が努力した結果としての点数であるから、誰に見られても恥ずかしい訳が無い」「恥かしいのは点数ではなく、それだけしか努力をしなかった自分である」と言うものでした。


 その結果、「班内で成績向上の取り組み」が必要である。と言う事になり、テストの答案が返された時、班長が得点を記録し、問題があれば「班」で取り組むことが学級で決議されました。




 それ以来「班学習」が放課後に行われるようになり、部活に行く生徒は班長の許可を得て部活に出かけるのが定着しました。部活の監督からは、「1Aの生徒は部活開始時間に遅れる」という苦情が多かったのですが、班長の許可で出かけるようになってからは無くなりました。



 「班学習」の中では、不得意教科があるものは、その教科の得意な班員に教えて貰い、班内に得意とする者がいない場合は、他の班に協力を求め、「家庭学習」のやり方がわからない(これが意外に多い)者には、やり方をお互いに伝授しあい、全員が揃って目標を達成出来る様にしてやりたいと考えたのです。        


 



 私自身は、社会科が担当教科でしたが、毎年、一年生の入学当初のオリエンテーションの時間に「絶対に怒らないから、正直に答えて下さい」と言って質問しますが、「社会科が好き」と答える生徒は5~7%であり、酷い時には 2% 未満の事もある。それに比して「嫌い・大嫌い」と答える生徒は 60% にも達しているのが現実で、小学校の高学年に嫌いになっているようである。



 厳しい言い方をすれば、生徒が「教科の好き嫌い」や「不得意教科」を持つようになる最大の原因は、その教科の教科担任の教師の「授業中の態度・言葉遣い・教材研究不足」や、生徒の質問に対する「教師の態度・言葉遣い」が悪い等がありますが、例えば、生徒の質問に「そんな事が判らないの」と言っただけで、生徒は「質問したのにバカにされた」と考え、その教科も教師も嫌いになります。



 どうしたら、このような生徒を「好き」にさせるかが悩みの種なのですが、これを何とかするのが教師の仕事であり、生徒の教科の好き嫌い・不得意教科の解消に取り組まない教師は、教師失格であると思います。担任教師の目で、普段の授業態度・テスト成績・挙手発表の様子・設問に対する答えなどから、どの生徒が自分の教科で安定した力を持っているか・不得意教科としているかはすぐに判る筈です。それがプロの教師として当たり前の事であろうと思います。



ペタしてね ・・・・・続く・・・・ 

先生の卵さんたちへ読者登録してね あなたは今からでも遅くない。ダメ教師の道を歩まなくてもよい様に、「教科教育法」と「教育実習」は真剣に取り組んでください。私はずいぶん実習生の担当をしましたが、「資格だけ取れば」と言う実習生に時間を費やすのは本当に情けない思いをしました。・・・こんな学生に時間を費やす位なら、セイトノタメニジカンヲツカイタイ・・・  

      教師の守秘義務とは何か


              ー個人の秘密の厳守とはどんな事はてなマークー



 私は将来、学校全体で「班づくり」に取り組む体制を作りたいと考えていたので、年度当初から「学級便り」を全職員に配布していたから、学級便り・第15号は格好の話題を提供した訳です。特に、年に数回の「学級便り」の発行でお茶を濁していた人からは、「鬼の首」でも獲ったかの様な厳しい批判が出されました。その内の主なものを挙げると次の様なものです。



 1  個人の学習成績は秘密にすべきものであり、絶対に公開すべきものではない。それを学級の構成員のみならず、保護者にまで知らせた事は問題である。((o(-゛-;)ー1



 2  教科の好き嫌いや、得意・不得意教科が、個人名を挙げる事によってはっきりするため、個人の「やる気」を無くさせる恐れが強い。((o(-゛-;)-2



 3  個人の得点の上下や教科ごとの成績順位が明らかになる事は、評価基準についての生徒や保護者の疑問や不満を招く事になるので好ましくない。((o(-゛-;)-3

 


 

4  教科の中での順位がはっきりし、生徒に優越感を与えたり、劣等感を植え付けたりするなど、生徒の学習意欲を削ぐ事になる恐れがある。((o(-゛-;)-4





 ・・・等であった。私の反論は、



 1・2はテストの「生点は出していない」単に、中間テストと期末テストの点数差(得点差)を示し、本人の自覚を促し、保護者の協力によって家庭学習による不得意教科の解消を狙ったものである。



 3・4は、評価基準は「教師が秘密にすべきもの」では無く、それを明らかにする事によって、生徒が何を努力し、どこを直せば、成績の向上に繋がるのかを知る事によって、努力目標が明確になる。



 ・・・と、言う事を中心とした。他にも言いたい事は沢山あったが、教師としての権威や権力等を失う事を恐れている者や、教科指導力や学級経営能力を疑われる可能性のある者は、私が正論と考えている事を述べると、個人攻撃を受けたと考え、逆上される恐れもあり、中にはクラスの生徒に対する陰湿な扱い(事実N中ではあった)も考えられ、何年かの内に、私の考えている方向に協力してもらうために、生徒の現実の努力や向上の様子を見せる事によって、考え方を改めて貰う事を目標として、私の意見の表明を止めました。



 この時に私の「脳裏に浮かんだ諺」はあなたなら判りますね。そう、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言うものです。学級の父母や生徒の信頼が私に対して、高まれば高まるほど、学級経営に対して自信のない教師は、自分に父母の批判が・・・・と考えて、被害妄想から自分を正当化しようとするわけです。特に学習指導に自信のない教師が、3の意見を述べていたのには腹が立ちました。また、過去には何回か私のクラスの生徒が不当な評価をされたことがあり、生徒に当り散らすのは教師の風上にも置けないと思いますが、そういう可能性がある以上、生徒が被害者にならないように担任としては考慮すべきでしょう。




 確かに、「個人の情報の秘密」を守る事は大切ですが、市販の学力テストの成績順位を「生点」で校内・それも正面玄関に一ヶ月もの間掲示し、生徒の成績を公表しているのにその件については一切批判はしていない。


 テストの通知表では、学力テスト(1年生で3-5回、2年生で5-7回、3年生は12-13回)・中間テスト・期末テスト(あわせて6回)の生点と学年順位・学級順位を記入して生徒に渡しています。



 高校の入学試験の時の合格可能な学習点・学力点を「教師だけの秘密」にして(実際は雑誌に掲載されて、市販されている)ランク切りや輪切りを行って、進学する高校を一方的に教師が決めている現状を考えると、論拠が可笑しいのです。おまけに、この「全北海道の高校の合格可能な学習点・学力点を相関表にして月刊誌や週刊誌に掲載し、有名学習塾のカリスマ先生と称する人の解説までついている」に至っては何おか言わんや・・・・。



 秘密だと思っている(この秘密を知っているのは自分だけと思い込みたがっている)のは進路指導担当教師だけで、生徒も父兄も書店に行って何種類も買い込んで読んでいる・・・・。それが現実・・・。

 


ペタしてね ・・・続く・・・ 

先生の卵さんたちへ読者登録してね 相手によっては、正論であっても我慢して伏せ、相手が自分から変わろうとするようになるのを待つことも必要です。自分の考えに固執する人は、自分は変わらずに人に変わることを要求しがちです。しかし、生徒に変化を求めるならば、まず自分が変って見せなければならない。私はそう信じています。   

        家庭学習と定期テスト



                  ー家庭学習を進めるには、平地に波乱をー


 一日二時間以上の家庭学習が本当に出来るかどうか確認するため、班単位で記録をとって、毎日班ノートに記録させ、班内でお互いにどの位勉強してきたかを知ることが出来るようにすると共に、班長には「点検記録表」を作って渡して記録させ、全部の班の記録を私が集計・記録する事にしました。




 生徒に対して、担任として申し渡し・実行させたからには、その結果は全員が知る権利があり、父母にも、只単に「勉強しなさい」と言うだけの親ではなく、自分の子供の現状や、他の子供の様子を知る事で、親としての権威を持って、子供に注意する事が出来るようになって欲しい。と考え、集計結果を「学級便り」に載せるようにしました。



 更に、単に家庭学習をするだけでなく、その効果を明確にしなければ長続きしないし、二年・三年と進級した時にも、家庭学習が実行されるようにするためには、学習成績との関連を持たせ、「きちんと予習・復習をすれば、テストの成績はあがる」と言う事を生徒自身に経験させたかったのです。


 家庭での学習時間は、この後も班ノートに記録させ、二学期以降は班単位での発表に切り替え、班競争の項目の一つに指定しました。



 次に『平地に波乱を起こした』のが(ある学級担任の言葉)、『学級便り15号』の中間テストと比較しての「教科別ベスト10」「教科別ワースト5」の記事で、家庭学習の時間と学習成績との関連性を、父母に考えて貰おうとした物なのですが、この15号に対しては、学校内で批判が続出し、かなりの物議を醸しました。



 私に対する批判は父母ではなく、教師集団の方がかなり激しく、職員室内は「寄ると触ると」と言う様な状態になりました。


obirameのブログ-第15号

obirameのブログ-第15号うら


注・・・私には、全くその意図はありませんでしたが、教員の反発の原因は、「ワースト5」によって自分の「教科指導技術」が暗に批判されていると考えた人が猛烈な反発をしました。


ペタしてね ・・・続く・・・読者登録してね 先生の卵さんたちへ。上の学級便りを見て、個人の秘密を守るためにはここが問題であると言う部分を理由を挙げて説明を行って見てください。

         家庭学習の取り組み


                ー塾のない田舎で・公立高校全入の取り組みー


( 九月二十一日)


 中体連の地方大会が終わると(7月下旬)、学期末テストが近づきます。普段『学習とスポーツの両立』を生徒に課題として与えていたため、「家庭学習の成立」を目標として、「毎日二時間以上の家庭学習」をしよう。これを学級の目標とします。と宣言して、家庭学習の時間は、班長が毎日「朝の会」で班員に報告させて、班ノートに記録するように。と、指示しました。ところが、大きな問題が一つありました。小学校の担任からの引継ぎで、「女生徒の一人に虚言癖」があり、要注意生徒として連絡があり、その子が私のクラスにいた事。



 「嘘を吐かない」と言う最初の約束がありますから、班員が申告したものを全面的に認めそのまま記録する事。班長は、班員の申告した家庭学習時間を「絶対に信用する事」を申し渡した。

   


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 放課後、その子の所属する班の班長が相談に来た。「その子の言う事は絶対に信用できない。今までに何回も嘘を吐かれて騙された」との事。班員もかなり被害にあっているらしい。班長にはこう言って納得させた。「0子はウソを吐こうと思って君たちを騙しているのではない。虚言癖と言う病気である。毎日の家庭学習の時間の申告のとき、0子がどんな家庭学習時間を言ってもそれは<病気が言わせている>のだから、そのまま素直に受け止めてやろう」と話し、班員にはこういう説明をしよう。




 「0子の話は<人畜無害>(班長との話し合いの中で確認した)なのであるから、本人にもはっきりと知らせるために「班会議」を開いて全員に先生の話をきちんと伝えて、「ウソを吐いたと責めない事」をみんなで約束しなさい」と班長を指導して帰した。その後、この班では他の班から「0子にウソを吐かれた」と言う話が出ると、班長を始めとして班員全員で○子を守ってやるようになり、二学期の終わり頃には他の学年や学級に「0子を苛めた」との理由で抗議に行くようになった。


注・・・不思議な縁とでも言うか、二年の学級編成替えで0子は私のクラスになり、卒業まで結局三年間付き合った。「虚言癖」と言うのは直るものです。


事の顛末・・・ある日、帰りの会に0子が所属する班から議題の提案があり、次の学級会で正式に提案され、審議する事になった。議題は「0子が仲間と廊下を歩いている時に、三年男子から《オイ、嘘吐き》と言われたと言う事で、班では結論が出ないので学級で対処法を考えて欲しい」とのことであった。


 次の学級会で正式提案があったため、(この時、私は議長を引退し、生徒の議長に議事進行を任せていた)班討議・学級討議の結果、全班一致で正式に抗議に行き,「今後この様な事がおきない様に、学級会で対策を検討して貰う様に申し入れる」事になった。


 次の「生徒指導」の時間、学級代表二名と0子の班員が、三年生の該当学級に出向き、担任の先生に代表が事情説明の後、教室に入り、事情説明をする許可を貰い(前日、三年の担任には、事情説明と0子に対する学級の取り組みを説明し、了解を得ていた)三年の教室に入って、班長が事情説明の後、抗議を行い、「今後このようなことの再発を防ぐ為、学級で話し合いをしてもらいたい」と申し入れて、意気揚々と学級に帰って来て、経過報告をした。


 0子の件が一躍有名になり、二年・三年の上級生の学級では、「1年A組に手を出すな。学年や学級で正式に抗議されて恥を掻くから、オッカネーゾ」と言う訳で、0子に対するイジメは完全に無くなった。不思議な事に、この事件の後、0子のウソはどんどん数を減らして行き、卒業の頃には完全になくなった。・・・なぜかは私は知らない・・・




 教師とは、「騙されても、騙されても、生徒を信じ続ける事」によって、生徒の信頼を得る事の出来る職業である。と、考えたからです。虚言癖のある生徒を班員として抱えている班長が相談に来たのですが、班長と個人面談をして『この子を変える必要性』を認めさせ、変えるための手段の一つとして、納得させた上で実施しました。




 1日2時間以上の家庭学習の必要性(詭弁であるが)を生徒に納得させるために、次のような説明をしました。



(九月二十三日)


 中学校では、毎日6時間の授業が行われる。授業時間の1時間について、10分間の復習をしたとしても、ノートを読んで大切な所にアンダーラインを引くだけで、6時間分で1時間が必要であり、翌日の予習を、1教科10分ずつ教科書を読むだけで、やはり1時間が必要になる。   



 将来の高校受験を考えると、2年生は、1年生での学習事項の復習が必要(人間は忘れることの得意な動物だから)だし、3年生は受験科目の1・2年生分の学習事項の復習が必要になる。   



結局、「学年プラス1時間の家庭学習が必要になるし、高校受験に成功するために、塾へ行って勉強しようと考えても、バスで30分以上は掛かるし、市街地の生徒は何とか通えても、農村地区の生徒は、バス停から自宅までの交通手段が殆ど無い以上、親に毎日送り迎えをさせて負担を掛けるよりも、自分の努力によって『自分の入りたい学校に合格するだけの実力を、自分自身で身に付けなければいけない』」・・・と話して納得させた。



注・・・「釈迦も方便」級の詭弁であるが、もし、貴方がこの方法を使って「家庭学習」を進めようとするならば、欠点や弱点を把握して、生徒の抗議があった時に説得出来なければ、「家庭学習」は「絵に描いた餅」になります。生徒の将来の為に負けられない戦いを貴方が仕掛けたのです。確り考えて下さい。       



 生徒自身も、小学校時代から予習・復習の必要性を言われ続けているためか、納得はするのですが、「納得と実行は伴わない」のが現状であり、何とか実行させるための方策が必要になります。




ペタしてね ・・・つづく・・・
先生の卵さんたちへ読者登録してね 塾の必要論は親の上昇志向から来ており、大学信仰に後押しされています。あなたは賛成論・反対論のいずれにも組せず、自分のクラスの生徒を見守ってください。塾については後で述べたいと思います。

        

         ・・・人は何かの切っ掛けがあれば、

                変容するものである」・・・ 


 これを自ら体験し、級友たちに人間の可能性について考えさせ、信じさせた上に、差別と区別について考えさせ、生と死について考えさせる原因を提供してくれた生徒を紹介します。




 事の発端は、体育の授業に始まる。



 柔軟体操をしていた時に、F先生が「Kの柔軟度は一級品だ」と言ったらしい。班ノートにその事が簡単に「学級で一番柔軟性の高い男」と、紹介されていたので、私が「学級便り」にその文を転載したところ、学級内で大変な話題になり、「身体の柔らかさを是非見たい」と言う要望が、特に女生徒から強く出されてていた。 しかし、本人は小学校時代から今まで他人の注目を浴びた事が無いため、恥ずかしがって要望に答え様としなかった。

 


 それと、Kは無口と云うか寡黙と言うか、私自身も滅多にKの声を聞いた事がない。小学校時代の記録を調べてみたら、誰にも相手にされず完全に「シカト」と言う状態で、それも意識的に『シカト』されていたのではなく、存在感が全くなく、誰にもKの存在を意識された事がない。と言う状態だった訳だが、中学生になって複数の小学校から生徒が来た事で否応なしに班の仲間に引き込まれ、発表も回り順となって仕方なしに発言をしていたと言うのが実際で、K自身は出来るだけ目立たないように努力していた様である。



 Kと出身校の違う生徒は、昔の経緯などは全く知らず、完全「リセット」の状態だから、Kがなぜ嫌がるかが判らない。女子生徒に取り囲まれて「柔軟性を見せろ」と言う要求に何回も遭っているのは見ていたが、Kは「無言で逃げの一手」だった。



 それでも、見たいと言う声が絶えず、終いには彼の柔軟性について紹介した文まで、「あれは嘘だったのではないか」と言う声が女生徒から出るようになり、私は静観していたのですが、このままではいけない、対処する必要性があると考え、放課後、彼を呼んで、「事実は事実として、知らせることは恥ずかしいことではない」「親から貰った身体的素質であって、他の生徒より優れたものである」「黙ってこのままにしておくと、君の事を紹介した班長の○○君が嘘つきにされてしまう」などと、一時間以上に亘って説得し、納得させてみんなに見せる事にした。



 翌日の朝の学活の終了時、机を下げて空間を作り、学級全員の前で柔軟体操をさせ、最後に床の上に両手・両足を広げて、漢字の「土」の字の形が出来るなど、見事な柔軟性の披露が出来た。今まで学業不振で、誰にも注目されなかったのに、一躍注目の的となり、特に女生徒の賞賛の声が多かった事から、自信を持って物事に取り組む様になり、今までは精々5~6行しか班ノートに書かなかったのに、それ以来、1ページ以上書いて来る様になった。 



 特に今回は、他の生徒が全く触れていない「命の大切さ」に触れた文を書いて来たので、特に「学級便り」に取り上げてみました。




   班ノートより       5月15日       K・K (誤字・脱字は修正しました)

 


 僕はTVや本などで戦争の事を少し知っています。何故同じ地球人同志なのに殺し合いをするのかな。と思います。

 

 僕は、日本の戦争のことも少し調べてみましたが、広島と長崎に原爆が落とされたようです。この原爆で沢山の人が死んだようです。


 そして、沖縄の方でもアメリカ兵が攻めてきて、沢山の人が殺されたとの事です。戦争は何とか終わったのですが、まだ、戦争の時の怪我をしている人や、白骨死体が見つかるようです。


 僕は、戦争は嫌なことだと思うし、死んでいった人は可哀想な気がします。もう、どこの国も戦争はやらないで欲しいと思います。


 僕が映画やTVで見た事があるのは、「ハダシのゲン」「カンカラさんしん」や「ほたるの墓」ですが、このようなこと(注・上記のような事 )が判りました。


                   ・・・・・・中略・・・・・・


 僕は戦争時代に生まれなくて、本当に良かったと思います。若し、生まれていたら死んでいたかも知れません。または、けがをしていたかも知れません。だから、僕は戦争時代に生まれなくて本当に良かったです。


                   ・・・・・・中略・・・・・・


 もう、戦争や殺しあうことなどは、どこの国でもこれからは(絶対に )やらないで欲しいです。

                ・・・・・・・・・以下 略・・・・・・・・・・ドンッ叫びドンッドクロ


 

 この班ノートの記録は、大変な反響を呼びました。まず、班内では、「今まで幾ら言っても、5~6行しか書いてこなかったK君が、1ページ以上も書いてきた」と言う驚きに始まって、K君の柔軟性だけに注目が集まっていたが、班内での発言も少なく、重要視されていなかったK君が「こんな意見を持っていた」と言う驚きが最初の反応で、次には他の班の班員の戦争に関してや、人間の生命に関する「私はこう思う」と言う意見が、班ノートに書かれ始めました。



 学級便りに掲載した事によって、他の班から「全文が知りたい」と言う希望が出たので、「道徳」の時間を利用して、「命の大切さ」と言うテーマで、K君の文章を読み上げ、『「答え」は無理にまとめず、それぞれがどんな感想を持つたか発表しなさい』と指示して話し合いをさせ、「特に自分の意見を全体に発表したい人」と、希望者のみ数人に意見発表をさせました。



 その後、「先生の経験を話します」と言って、私が樺太出身である事・小学校六年の時戦争が終わった事・戦争が終わる前に「ソ連」の攻撃があった事・空襲や艦砲射撃を受けた事・八月十五日に「玉音放送」があって戦争が終わったのに、攻撃が続いた事。八月二十一日に引き上げ船に乗り、二十二日に北海道に来た事・同級生の殆どが乗った船が国籍不明の潜水艦に攻撃されて留萌沖で沈んだ事・クラス五十六人中生き残ったのは五人である事を話し、「君たちも生きている事がどんな意味を持つか、考えて見てください」と締めくくり、この授業を終わった。

 


 このK・K君は、普段,誰にも注目されたことが無く、親にでさえ「あの子は勉強は駄目だから」と、勉強の出来・不出来がこの子の価値を決めているかのような言われ方をされていた生徒であり、他の父母にも、学業成績の善し悪しが総てではない事を知ってもらい、他の生徒にも、人間の値打ちは学校の成績では決まらない、能力には個人差があることを理解させ、お互いに差別と区別の違いを認識して貰おうとしたのがこの授業です。



 そして、父母にも「命の大切さ」を考えてもらい、子供と話し合ってもらいたい。と考えて学級便りに掲載したものです。



ペタしてね ・・・K君のこと・・おわり・・・
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