震えるリング その3 | 珈琲にハチミツ

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「透明感」などときれいな言葉を書いておきながら何事かと言われそうだが、この試合を記憶に印象づけた大きな要素は二人の狂気性だった。


立ち上がりこそ慎重だったものの、試合は徐々に熾烈さを増していく、互いに持ちうる技をゴツゴツと打ち込んでいく。時には技らしい技も出ないこともあった。佐々木健介と小橋建太、両者共通の武器は強靭な体躯そのものと、激しい闘争心であった。もしくは反骨心といっていいかもしれない。現代プロレスに蔓延るファッション遺憾試合のそれとは全く違う異質なものだ。


健介は幼少期に荒んだ家庭環境で育った。強くなりたい一心でプロレスラーを志し、ジャパンプロレスに入門。デビュー時の主戦場は全日本プロレスであったが、新日本と全日本の団体抗争のいざこざに巻き込まれる格好で「出戻り」扱いで新日本所属となる。肩身の狭い思いをしながら同期の馳浩や同世代の三銃士(特に橋本真也)の華々しい活躍を尻目に下積みを重ねる。その後少しずつポジションを上げていった健介だが、時折り放たれる「ふざけんな!」という叫びは紙面越しでも十分過ぎるほど彼の鬱屈した想いを発していた。


一方の小橋も、健介ほど直接的な負のエピソードはないもののジャイアント馬場に無視され続けた新弟子時代から箸にも棒にもかからない時期が長いだけに、やはり辛抱の人であった。時が経つにつれ同様に小橋もトップへと上り詰めていった小橋だが、それでも耐える男といった印象が強い。確かにタイトル戦線の常連ではある。メーンイベンターだ。しかしアクが足りない。本人の愚直な性格故のことかもしれないが…人を惹きつける強烈な物語性を持たない。ある部分では最も90年代の全日本らしさともいえるスポーツライクなファイトスタイルがそれを象徴とした。が四天王の一角としてその役目は果たしていても全日本をしょって立つ真のトップとしての資格は持ち得なかった。ノアに移籍してからもそう、いまだ小橋は三沢光晴を超えられていない。


健介もそうだった。決定的な差がある。いつまでたってもスケールや存在感、そして集客力などあらゆる面で三銃士には及ばなかった。華がない。ショッパイと誹謗中傷すら受け続けた。このように何度シングルのベルトを巻いても団体を背負えない二人が、ついに何にも気兼ねなく、これまで培ってきた成果を…魂の結晶をぶつけ合う日が来たのだ。


もう何も考える必要はない。原始的でいい。チョップが唸りを上げ、豪腕で首を刈る。スープレックスでリングに叩きつける…この潰し合いにリングが震えた。ドームが揺れた!




終盤、いよいよ小橋の執拗さ…いや秘めたる狂気が爆発した。まるで発狂したかのようにローリング袈裟斬りチョップをこれでもかと打ち込み、拳を握りしめ雄叫びをあげる。いよいよ朦朧とした健介にダメ押しのラリアット!フルスイングでとどめを刺す。これが、耐えてきた男・小橋の本当の姿なのかもしれない。ついに二人の試合は決着をみた。



「小橋選手、ありがとう。そして!ノアのファンの皆さん、ありがとうございました‼︎」



勝者は小橋である。しかしこの一本のマイクでリングに爽やかな風が吹いた。試合に負けて、勝負に勝ったのか健介は。


…ここまでを含めて本当に奇跡だった。二人のシングルはこれ以上ない内容と結果を産んだが以降、二度とおこなわれる事はなかった。今はそれでよかったと思う。「運命」という名の冠をつけていいのは一度だけである。



続く