7月23日 (3)
  ぎしと梅雨箱階段の三段目     鈴木 鷹夫
                                                             長浜  勤
 幕末から明治にかけて二階がある家が増えた。箱階段もその頃一般的になり、収納を兼ねる日常のものでありながらその意匠は洗練されていった。残されている古民家には箱階段を踏んであがれるものもある。やや急勾配の木造階段の三段目にてふいに音がしたのだ。構造的なものかあるいは湿度のためか、その音にはどことなく潤いがあったのだろう。上五「ぎしと梅雨」の擬音と梅雨の組合せの技巧が冴えている。   

句集『千年』所収 季語【梅雨】

7月22日(2)
  老人とは思ひ出大尽蠅叩       鈴木 鷹夫

  

                              長浜  勤
 中七の「思ひ出大尽」が眼目。大尽には財産を多く持っている者、金持ち等の意味があるが、資産の有無はともかく老人になれば年齢の分だけ思い出を持つ。悔しい思いや赤面するようなことも、時間という濾過器を通すと大尽という心境にいきつくのだろう。「蠅叩」との配合は、二句一章というより二物衝撃だ。あれこれと思い出を語りながらも、眼前の蠅を許さない老人の存在が見えてくる。             句集『カチカチ山』所収 季語【蠅叩】
 

7月21日 (1)
遙かなる月に呼ばれて蟇動く     鈴木 鷹夫


                                長浜   勤

蟇には「ヒキ」のほかに「ガマ」という異称がある。江戸時代には永井兵介の「ガマ油の口上」が評判となった。居合抜きで客の足をとめ、陣中膏という油を売りつけた。蟇は不思議な力を備えているとも考えられたのであろう。そのグロテスクな姿から嫌われることも多いが、人にも慣れので飼うと楽しい生物だという。昼間は物陰に隠れ、夕方から動き出して舌で昆虫をすばやく捕らえる。その一瞬の行動は遙かなる月の引力との関係があるようで納得させられる。                     『春の門』所収 季語【蟇】