7月30日 (10)
  口づけし泉くちびる押してくる 鈴木 鷹夫

                                                                          長浜  勤
 水辺にはリハビリテーション効果がある。川や湖を眺めるだけでもいいが、できれば水に触れて飲んでみたいものだ。だが、人気の名水ともなると行列ができ、気楽に飲むこともできない。掲句は山間部の素朴な泉なのだろう。喉の渇きに思わず口をつけると、水の圧力まで感じられた。自然を相手にしているのに、どことなく恥ずかしいのだ。伝統を踏まえ現代の感覚で詠んだ一句といえよう。            句集『カチカチ山』所収 季語【泉】

7月29日(9)
  孑孒に鐘鳴つてゐる日暮かな    鈴木 鷹夫

                                 長浜  勤
 「孑孒に」の「に」は機縁、動作の原因を表す助詞の用法。用水桶など水がたまっている場所でたまたま孑孒を見つけたのだろう。そのとき、浅草あたりの寺院の鐘が鳴ったのだが、まるで孑孒のためのように聞こえたのである。しかも日暮とはさみしい。「に」は、多くの場合は場所を表すが、動作の結果を表す用法もある。ちなみに現代の蚊の発生源は、空き缶などちょっとした水たまりらしい。                     

                 句集『風の祭』所収 季語【孑孒】

7月28日 (8)
  魚屋の奥に先代昼寝せり    鈴木 鷹夫

                                                                         長浜  勤
 東京の下町には昔ながらの商店街がある。多くはアーケードになっていて雨でも買い物ができる。質の悪いものは置かないから店の信用度も高い。とくに魚屋は鮮度がいのちだ。このような店はどうしたことか高級魚も破格の安さである。店主は大きな独特の声で客を呼び込み、調理法までていねいに説明する。店の奥には先代店主がいつもすわっているが、昼寝もまた日課なのだと納得。            句集『カチカチ山』所収 季語【昼寝】