おびクリニュース2026年1月号を転載します。
Q.自分にも、家族にとっても、穏やかな死を迎えるにはどうしたらよいでしょうか?
A.政府はアドバンス・ケア・プランニング(ACP)と称して、高齢者の方が人生最後の時を迎えた際にどのような医療を希望するか、各自の価値観を書面に残すことを推奨しています。
いざ、死期が迫り、意思表示ができなくなったとき、ACPの書類に記載があれば、希望しない延命治療を回避できるから、と説明されています。
どうして、このような政策が打ち出されたか?皆さんは理由をご存知でしょうか?
実は政府中枢や経済界からの意向です。
「70歳以上の高齢者にかかる医療費が約22兆円と全医療費の半分を占めている。そのうち終末期の医療費が約1兆円。先が長くないと分かっている人になぜ医療費を費やすのか」
この意見に賛同する方が多いようですが、これは前近代的な「姥捨て山」の思想で先進国が目指す社会ではありません。
正社員を派遣社員に置き換えて人件費カット、下請け企業に無理な値下げを強要してコストカット。
常に弱者に犠牲を押し付けて問題解決。
それで自分たちは安泰という恥を知らない経営者が考えそうな事だと思いませんか?
皆さん、決して洗脳されないでください。
一人の国民が生まれてから死ぬまでにかかる「生涯医療費」を10年ごとに比較して、一人当たりの「生涯医療費」を漸減できるように
逆に言えば国民が医療に頼らなくて済むように、健康で長く生きられるように、予防医療に力を入れようという政策なら合理的ですが
現役世代と高齢者を比較して「高齢者は医療費がかかる」などと当たり前の事を指摘して大騒ぎしているのは
分析力の低さを露呈しているばかりでなく、命の尊厳を汚す愚劣な意見だと、分る人には分るはずです。
近いうちに彼らはACPの中に安楽死の項目を入れてきます。
医療費を抑制して企業が負担する社会保険料を安くしたいからです。
テレビを使って安楽死を美化するようなドラマを放映し、「85歳をすぎたら、治療はせずに安楽死を選ぶのが当然」という世論操作をしてくるでしょう。
「賛成、賛成!」、という声が聞こえてきますが、では、質問しましょう。
あなたは人が亡くなる瞬間に立ち会ったことが何回ありますか?
1回ですか、2回ですか?
そのような乏しい経験しかないのに自分の死期が迫ったときに安楽死の選択ができますか?
選択できると自信を持って答えられる方は何名いらっしゃいますか・・・・・・。
そういわれて、ほとんどの方が答えを出せなくなっているはずです。
実際に死期が迫ったとき、どのような選択をするか、誰もが悩み苦しみます。
命のプロである医師でも悩みます。
そんな決断を国民に押し付けるなんて!実に情けない政府です。
治療を諦めたことを遺族が後悔して、トラウマになることもあります。
それを避ける裏技があります。
それは100歳まで健康に生きることです。
100歳になると、ちょっとした病気でも一気に生命力が低下するので救命するかどうか迷う間もなく逝けます。
また、すべての感覚が鈍くなり、ほぼ苦しまずに逝けます。
100歳ならほぼやり残した事も無く、後悔なく逝けます。
100歳まで生きれば寿命であったと遺族を納得させられます。
この意見を荒唐無稽と笑う人がいますが
沖縄県の大宜味村は「世界5大長寿地域」に選定され100歳以上の長寿者が多く住んでおられます。
毎日、おじい、おばあは、畑にでて元気に暮らしています。
目指すべき高齢化社会の形がそこにあるように思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。![]()