ロシアによる軍事侵攻後、ウクライナの市民がシェルターとして利用している地下駅舎。日本でも、外国からの武力攻撃を念頭に、自治体による地下駅舎の避難施設指定が進む。昨年3月まではゼロだったが、この1年で300を超えるまでになった。ただ、地下鉄網の整備された東京では1件もなく、都市間で差が出ている。(古屋祐治、井上勇人)
■政府が推進要請
大阪府と大阪市、堺市は今月7日、大阪メトロの全133駅中108の地下駅舎を避難施設に指定したと発表した。「核兵器は無理だが、一定の破壊力を持つミサイルであれば、命を守れる可能性が高くなる」。松井一郎・大阪市長は、この日の定例記者会見で強調した。
指定にあたり、府などは、避難者が線路上に落ちることを防ぐため、避難場所を改札の手前までと設定。緊急時の「一時避難施設」とし、1、2時間後には別の避難場所に移ってもらうことを想定する。大阪市危機管理室の担当者は「他の地下駅舎についても指定に向け協議を進めたい」と話す。
2004年施行の国民保護法は、ミサイル着弾などの有事に備え、都道府県知事と政令市長に避難施設の指定を義務付けている。具体的には堅ろうな建物や地下街、地下駅舎を推奨する。20年4月時点で指定された約9万4000施設中、地下施設は計1127だったが、地下駅舎はゼロだった。
このため政府は20年12月、地下駅舎や地下街の避難施設指定の推進を自治体に文書で要請。昨年4月以降指定が進み、今年4月1日時点で仙台や名古屋など9府市で計304駅舎になった。一方、地下鉄網が広く張り巡らされている東京都の指定施設はゼロだ。
政府の要請を受け、都も約100か所の都営地下鉄駅舎の指定を検討した。ただ、大勢の避難者に駅員だけで対応できないことや負傷者の手当て、避難が長引いた場合の食糧配布が難しいといった理由で、現時点では指定に至っていない。
都防災管理課の担当者は「地下駅舎が避難先として有用であることは理解している。先行自治体などの事例も参考にしながら、今後も指定に向け検討を進めていきたい」と語り、今後、東京メトロなど民間事業者との交渉も行う方針だ。
■深さ足りない?
ただ、日本の地下駅舎の多くは地上から浅く、被害の軽減効果は少ないとの見方もある。
ウクライナの首都キーウ(キエフ)のアルセナリナーヤ駅は地下約105メートルに設置されており、地下鉄駅としては世界有数の深さだ。核シェルターとして機能することを想定して作られたともされる。これに対し、大阪メトロで最も深い長堀鶴見緑地線「大阪ビジネスパーク駅」は地下約32メートル、都営地下鉄では大江戸線「六本木駅」の地下約42メートルが最深だ。
国民保護行政に詳しい防衛大学校の宮坂直史教授(危機管理)は「日本の地下駅舎では、破壊力が高いミサイルが着弾すれば相応の被害が出る恐れがある」と指摘。その上で「遠方に逃げるには限度がある島国の日本では、地下を避難先とすることは有効だ。自治体は民間事業者の協力を得られるよう努力し、地下への入り口に設けているシャッターをより強固にするといった整備を同時に進める必要がある」としている。
■ウクライナ侵攻 シェルターに関心
ウクライナ侵攻と先月24日の北朝鮮による弾道ミサイル発射で、家庭用シェルターを扱う国内メーカーへの問い合わせが増えている。
その一つ、板金加工会社「直(なお)エンジニアリング」(茨城県結城市)には、昨年12月の販売開始直後に1日1件あるかないかだった問い合わせが、侵攻後には多い日で30件程度に増えた。同社のシェルターは幅約2メートル、奥行き約4メートル、高さ約2メートルで、乗用車1台分のスペースがあれば設置できる。収容人数は最大5人、価格は税別570万円だ。
開発に乗り出したのは、大地震や原子力発電所事故を経験している日本だからこそ、シェルターが必要と考えたからだ。イスラエル製の特殊フィルターが放射性物質や有毒ガスの侵入を防ぐという。専務の古谷野喜光さん(51)は「危機意識を持ってシェルターに興味が向くのは良いが、戦争がそのきっかけになっていると思うと複雑だ」と明かす。
織部精機製作所(神戸市)の地下室型シェルターにも問い合わせが相次ぐ。取締役の織部信子さん(78)は「日本も周辺国の脅威にさらされている。国が普及策を主導してもいいのでは」と話している。