ベストセラー『未来の年表』の著者・河合雅司さんと、『空き家問題』(不動産協会賞受賞)の著者・牧野知弘さんが「2030年の東京」について対談した前回記事は、大きな反響を呼びました。今回はこれまでの常識が通用しない住宅事情から不動産業界の裏話までを公開。とくに、タワーマンションにお住まいの方は必読です。牧野さんの説明から始めます。
手術が半年待ち!?
牧野知弘(以下、牧野):先日、千葉県の某総合病院の院長に「牧野さん、いくつになりました?」と聞かれたので、「60歳を超えまして……」と答えると、「東京から脱出したほうがいいですよ」と言われました。その理由を聞いて、愕然としました。
「あと10年もすれば、東京では手術が半年待ちになるでしょう。歳を取れば、確実にどこかが悪くなります。たとえば、がんが見つかってもすぐには手術できないのです。それでもいいですか? 半年間待つ覚悟はありますか?」と。将来の医療ニーズと人口のアンバランスを現場の医師が危惧しているのです。
2030年、東京都の高齢化率(65歳以上の人口割合)は23.8%になると予想されています(東京都総務局「東京都の人口(推計)」)。そして、急速に進む高齢化に生活環境が追いついていかない状態が現出するでしょう。8年後、私たちの住環境はどのように変わるのでしょうか。ここからは、『2030年の東京』から「街、住まいはこうなる」を抜粋してご紹介します。
高齢者ばかりのニュータウン
牧野:埼玉県に鳩山ニュータウン(比企郡鳩山町)というベッドタウンがあります。東武東上線で池袋駅から50~60分、最寄り駅の高坂駅(同県東松山市)からバスに15分ほど乗ります。1970年代から1990年代に分譲されましたが、敷地が広くて比較的高級だったこともあり、30~40代のアッパー層が入りました。しかし駅からバスという不便さを嫌気した子ども世代が戻らず、人口が減っていきました。
実際、鳩山ニュータウンのある鳩山町の人口は2010年から2020年で、1万5305人から1万3560人に減っています(総務省「国勢調査」)。また2020年の高齢化率は45.9%で、全国平均を17.3%も上回っています。しかも、2030年には53.6%になると予想されています(国立社会保障・人口問題研究所。以下、社人研)。
河合雅司(以下、河合):高齢者の数が増えるだけでなく、平均寿命が延びているので、これからは「高齢者の高齢化」が進みます。社人研の推計では、今後増え続けるのは75歳以上です。ちなみに、東京都の80歳以上の人口は、2021年時点で100万人を超えています。
牧野:住民は80歳以上の高齢者ばかりという状況で、毎年のように襲う豪雨や台風、近い将来に想定される直下型地震にどう備えるか。災害弱者である高齢者をどう守るか。現実を見れば、行政の力だけでできるとは思えません。住民たちの助け合いも必要です。
しかし、個人情報保護の観点から隣人との情報共有が難しくなっています。加えて、東京は地域コミュニティーが形成されていないことが多く、助け合う・支え合う機能が弱い。そもそも、いざという時に高齢者を背負う若者のほうが少ない。このようななかで大災害に見舞われたらと思うと、ぞっとします。
河合:若年層中心の街づくりをしてきた東京圏は、高齢者にとってきわめて暮らしづらい街です。ビル内や公衆トイレのバリアフリーはかなり達成されていますが、そこにたどり着くまでの道路は段差が多すぎます。バスの乗降に時間がかかる人が増えれば、バス停での停車時間が長くなり道路は渋滞します。今でも電車で「具合の悪いお客様の救護活動のため」と遅延の車内アナウンスが流れることがありますが、そのような状況は増えることはあっても減ることはないでしょう。
これまで大都市に求められてきたのは、人々を「なるべく速く、なるべく大量に」運ぶインフラ整備でした。しかし、今後は高齢者のゆっくりしたスピードにも合わせないといけません。2030年に向けて、どのような街に変えていくかは喫緊の課題です。
タワーマンションとニュータウンの共通性
牧野:ここで、今人気のタワーマンション(タワマン)について考えてみましょう。乱暴な言い方をすれば、住民を横に並べたのがニュータウンで、縦に並べたのがタワマンです。多摩ニュータウン、鳩山ニュータウンなど旧来のニュータウンは丘陵地を横に広がったのに対し、タワマンは縦に長く伸ばしたものです。実際、1棟に数百人~1000人を超える住民が居住しており、人口だけを見たら、立派な街です。
この例として最適なのが、多くのタワマンがそびえ立ち、「タワマン銀座」とも呼ばれる武蔵小杉(神奈川県川崎市)です。武蔵小杉の「売り」は、交通の便と通勤時間の短さです。JR横須賀線、JR南武線、東急東横線、東急目黒線が走り、都心にアクセスしやすいのです。
逆に言えば、都心に通う必然性が薄れたとたんに、優位性は揺らぎます。歴史や景観などで特筆すべきものはなく、決して住みやすいとは言えません。武蔵小杉駅構内に入るのに時に規制がかかるほど混雑したり、小学校の1学年が1000人を超えたりするなど、タワマンの集中ならではの問題が起こっています。
河合:タワマンは1つの街と言ってもいいほどの住民数なのに、上層階、中層階、低層階では住民の意識は異なっており、コミュニティーが形成されにくいのが欠点です。そこで育った子どもたちには「地元」意識はなかなか芽生えないでしょうね。タワマンの購入者が高齢化する頃には、子どもたちは独立して離れ、「オールドタウン」となった現在のニュータウンのような未来をたどるのではないでしょうか。
牧野:タワマンは建物ですから、必然として老朽化と向き合わなければなりません。マンションは築15~20年で大規模修繕が発生しますが、タワマンは十数階建てマンションに比べて3~4倍の修繕費がかかります。
デベロッパーは通常、顧客に対して修繕積立金を月数千円から1万5000円程度と、安めに計上して提案します。割高感を抱かせないためで、不動産業界の常識です。この積立金は、築15年の最初の大規模修繕でほぼ使い切ってしまいます。すると修繕積立金が2万円くらいに上がるわけですが、タワマンの場合には管理費と合わせて5万円以上になることもあります。
この金額を払えない住民が増えれば、大規模修繕ができませんから、不動産価値が減じます。また長く住み続けることで収入が現役時代を下回り、手放さざるをえない住民も出てくるかもしれません。それによって空き家が増えれば、不動産価値はさらに低くなります。つまり、多額のランニングコストがかかり続けるのがタワマンであり、住民個々の所得に占める固定費の増大に耐えられるかが問われるのです。
河合:子世代が親と同居せず、新規の入居者も入らなくなって住み替えが進まなければ、タワマンが林立する街ごと捨てられることになるかもしれません。
牧野:ご指摘のとおり、問われているのは次世代に引き継がれる街になれるかどうかです。「プライド・オブ・プレイス(住んでいる場所が自分にとっての誇り)」が持てるように、街が成熟していけるか。
しかし私は、悲観的にならざるをえません。武蔵小杉のタワマンの開発担当者の1人とお会いしたことがあるのですが、とにかく「売る」ことが先決で、この街での世代交代の可能性など考えていなかったからです。彼に言わせれば、「それは行政が考えること」ということになりますが……。
街を捨てる人たち
牧野:これまでの街づくりは都心にアクセスすることが前提であり、開発の基準は、通勤・通学に対する利便性にありました。家はただ寝に帰る場所、すなわち「ベッドタウン」でした。そこで暮らし、リタイアした高齢者の多くは現在、自宅に逼塞しています。街にはコミュニティーがなく、知人もいない。くつろげる場所も、生活の幅を広げるような刺激もない。耐用年数が来た家の中で、息を殺すようにして生活しているのです。
このままではベッドに寝たきりの老人ばかりの街、本物の「ベッドタウン」になってしまいます。そのような街に新しい人を呼び込めるか、若年層が住むかというと難しいでしょう。高齢者ばかりの街に、若い人たちは絶対に入ってきません。
たとえば、JR立川駅前にタワマンが建ったとき、入居者の多くは立川郊外の一戸建て住宅を処分した人たちでした。駅から遠く、買物にも不便。そんな郊外を捨てて、同じ地域の便利なマンションに移ったわけです。今後、多くの住民が去った街がどんどん出てくるでしょう。
河合:2030年代に入ると、東京23区を取り巻くように高齢化率40%程度の自治体がずらりと並びます。高齢者たちにすれば、会社員人生をかけて住宅ローンを払い、やっと手に入れたマイホームですから、愛着があって住み替えようとしません。このままでは、東京圏の外縁部にゴーストタウンが広がることとなります。
牧野:世代循環がなされない街をどうするか。これから生き残る街は、都心への利便性が高く通勤に便利──などではなく、街にどのような機能が実装されているかかが問われるのです。
(次回のテーマは、「老後はこうなる」です)