ジャーナリスト・東谷暁
2011.1.5 02:47
いま、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加が
推進されようとしている。支持者はこの協定によって日本の輸出が
伸びると主張し、いま機会を失えば永遠に世界に後れをとるという。
しかし、菅直人政権はあまりにも性急に事を進めようとしており、
不自然な感がするのは否めない。いや、もっといえばどこか
胡散(うさん)臭さが付きまとっているのだ。
これまでも経済新聞を中心に、日本は自由貿易協定(FTA)の
締結が遅れていると喧伝(けんでん)されてきた。しかし、
自由貿易推進について日本は、先進国とは世界貿易機関(WTO)の
枠組みで、途上国とは知的財産権などを加えたFTAである
経済連携協定(EPA)で交渉するといった、それなりの戦略性のある
姿勢で臨んできたといえる。
FTAが促進されてきたのはWTOでの合意が難しいからだが、
WTOが多国間主義であるのに対し、2国間あるいは地域に
限定されるFTAは大国や経済的に特化した国に有利となる。
小国や複雑な経済を持つ国は慎重になるのが当然なのだ。
それがいま突然のTPP参加である。
もともと平成17年に誕生したTPPはブルネイ、チリ、ニュージー
ランド、シンガポールなど、経済規模が比較的小さい国の地域協定
だった。ところが、20年に米国が突如、参加に熱心になった。
米国が金融危機に陥ったからで、翌年、米国通商代表部から
議会に提出された文書でも、自国の「輸出増加、雇用増大」が
目的だと直截(ちょくせつ)に述べている。
日本ではTPPで輸出を増やすなどと論じられているが、
通貨戦争の最中、米国主導のTPPという他人の土俵に入って、
なぜ日本の輸出が増加するのか、説得力のある議論を聞いた
ことがない。尖閣問題や北方領土問題で焦った菅政権が
「農業を売って安全保障を買い戻そうとしている」といわれる
所以(ゆえん)だが、それではあまりに筋が違いすぎるだろう。
しかも、TPPの対象となるのは農業だけではない。
米国はWTOにおいてもサービスの貿易にかんする
一般協定(GATS)に力を入れて、金融、医療、法律といった
分野のサービスの輸出を熱心に追求してきた。それは、
米国が締結したFTAや地域協定を見てもあきらかだ。
4カ国で始めたTPP合意書では第12章でサービスから
金融と航空を除外しているが、方向性をうたう第1章では
金融を含むすべての領域の自由化を主張し、合意分野の拡大を
奨励している。いまの参加国内にも反TPPの動きがあるが、
これはTPP推進の背後に米金融界の圧力が見え隠れするからに
他ならない。
そもそも、農業についても、日本は食料自給率が4割程度の
世界に名だたる農産物の輸入大国なのだ。コメやコンニャクの
関税率が高いことは否定しないが、農産物輸出国に対しては、
十分貢献をしている。
拙速にTPPに参加すれば、農産物だけでなく、近い将来、
金融、医療、法律などのサービスも意に反して輸入増加せざるを
えなくなる。米韓FTAを見れば分かるように、簡易保険のさらなる
市場開放も強いられる。これまでは「要望」だったものが
法的拘束力のある「協定」となるのだ。菅政権はこの12日に
米国との協議に入るというが、私たちはいま「ちょっと待てTPP」
と叫ぶべきだろう。(ひがしたに さとし)
○強い日本であって欲しい。「強い」とはどう言うことか。
日本が日本であるということです。

