スターバックス論 最終話 | 福留水産0



前回までのあらすじ

嫌いなコーヒーを克服することで
社会参加を計ろうとしたが
憎きスタバでゼリーパニック。
その注文の複雑さゆえに絶望、絶句。
高慢な店員、鬼の客に侮辱され続けていたある日、
オシャレ番長またはカリスマつまり救世主が現れ
世界いちカッコイイ「カスタム」をゲット。
そうしてついに復讐へ出かける俺の鼻息は荒くて。

スターバックス論
最終話「復讐」

京都。三条大橋店。

俺は通りを挟んだ歩道に立ち、
拳を強く握って仁王の顔でじっと睨んでいた。

降り続ける雨は勢いを増して地を叩き付け
目下を鴨川がごうごうとうねっていた。

応仁文明の乱の後、
豊臣秀吉による鴨川河原の改修工事がなされ
三条から五条にかけ歌舞伎芝居の為の仮設の茶屋や
裕福な商人が河原に席を設けてもてなすようになった。
寛文年間には北座・南座などの常設の芝居小屋などが設けられると、
両岸の茶屋からは、中州の床几に加えて張出式の床も設置。
さらに江戸時代の中頃には、茶屋は400軒を数え、
雑踏の整理や増水後の床の撤収などを組織的に行った。
こうして鴨川の納涼床は、円山応挙の眼錦絵や
安藤広重の浮世絵にも描かれ、京都の伝統文化、
夏の風物詩に欠かせないものとなっていきました。

なっていきました。じゃねえよ。

ご存知の方も多いだろうが京都三条大橋店は
その鴨川岸にあり納涼床を模したテラス席があり
京の伝統文化が発展的に継承・保存されていて
そんなかんじがなんだかとってもシャレオツなのである。

シャレオツなので外国人などもどしどしいて
外国人と言っても木彫りの面を祭事の時などに被ってみたり
草原を馬で遊牧し移動式テントで暮らすタイプではなく
ニューロマンティック、デスメタル、グラム、ダブ、JUJU
などを聴きながら競技用自転車に乗るタイプの外国人で
もうオシャレが爆発5秒前なわけで。

俺は泣いた。泣きに泣いた。
京の鴨川は数百年に亘る歴史の中で幾多の変遷を経て
スターバックスとなった。
思い出して欲しい。ここがまだただの河原だった頃を。
ペリーが浦賀に来てから何もかもが変わってしまった。
石田三成は家康に裏切られ、崇めていた秀吉を殺された。
三成は泣き叫んで復讐を誓った。
俺は確認するように胸の中で
『ダブルトールキャラメルマキアート低脂肪エキストラホット』と言った。
目を開ける。もう泣かない。
俺の背中には千の龍。青い炎をまとわせて
通りを越えて復讐のドアを開けた。

店内は南蛮の渡来人で埋め尽くされていた。
ペリー似の人、バッハ似の人、ジャミロクワイ似の人達が
様々に集結し談笑、抱擁、接吻などをしておりこれまた様々に
コーヒーライフを楽しんでいて、まさにパブ。
以前の俺ならここで怯んで逃げていたことだろう。しかし
『ダブルトールキャラメルマキアート低脂肪エキストラホット』
の俺はサムライの心で列の最後方に並んだ。
大丈夫。怖くない。

だぶるとーる、だぶるとーると
何度もつぶやいて順番を待つ。
南蛮かぶれの店員がにやけながら発注書を渡してきた。
順番を待つ間、発注書から注文を選択しておけという事らしい。
どうせ発注書にはでたらめが書いているのだ。もうだまされない。
俺はだぶるとーるなのでそれには一度も目もくれず
何度も何度もだぶるとーる、だぶるとーる。
振り向くといつのまにかペリー達もぴったりと列を作っている。
黒船だ。国を開けなさい。私はもう逃げられないのだ。

私は江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜のことを考えていた。
薩摩藩にぼこぼこにされてもう全然なにやってもだめで
でもみんな殿、殿とかって言って来るし逃げれなくって
結局お城を渡しちゃう時、超いやだっただろうな。
エキストラホットだっただろうなあ。

「いらっしゃいませ」

はっ。大政奉還のことを考えていたらすっかり俺の順番。
俺は慌ててダブルトーと言いかけて

「店内混み合っていてお席ありませんが、」
と申し訳なさそうに言うので自分はラストサムライなので
「テイクアウトで」
と颯爽&さわやか&丁寧に言い返してやった。超かっこいい。
後ろに並ぶペリーのカップルもこれには参った、クール!などと
絶賛、絶叫するかと思ったらあれれ。全然俺に興味が無いみたい。
まあ良い。今から私が言うのをちゃんと聴いておれ野蛮人め。
「ご注文をお願いします」
俺は準備しておいた「ダブルトール」とやや大きめの声で言った。


忘れた。

ダブルトールの後を全部忘れた。


店員がぽかんとしている。
俺もぽかんとした。
ダブルトール単品なんか無い。

あんなに騒がしかった店内のペリー達が静まり返る。
京の都に緊張が走る。
全然俺に興味が無かったはずのカップルも
澄んだブルーの目でまっすぐ俺を見ている。
全身から汗が吹き出した。くらくらする。

「トールサイズですか?」
「それのダブルです」

なんだそれは。恥ずかしい。
なにをだそれは。気味の悪い。

帰りたい。一刻も早くここから逃げ出したい。
何か言わないと、何か。はやく

「脂肪アート」

怖い。怖すぎる。やめろ。
もう許して欲しい。誰か助けて下さい。超帰りたい。

俺はやけくそになって記憶の中のキーワードを
涙目で言った。

「エキストラホットで」

終わった。

ぱーん。頭がはじけた。

もう駄目だ。意味がわからない。
あつあつの何だ。
あつあつの脂肪アートのトール。をふたつ。
なんだそれは。
俺は何をしているのだろう。
俺はここで一体何をしているのだろう。

エキストラホットなのは俺だ。

豊臣秀吉の治水工事。徳川家康の裏切り。
石田三成の無念。ペリー浦賀来航。
大政奉還。

何の話だろう。

浮かぶカリスマの顔。

俺は全体的に真っ白な灰になって
「お水を一杯、もらえますか」とだけ言った。

店員は「トールサイズでー、えっとー」と
すっかり困っていたので
灰の俺は優しくゆっくり

「いえ、もう、なんでもないんです。
お水を一杯いただけませんか。」と言った。

テイクアウトで水をもらった俺は
白目をむきながらよろよろになって
土砂降りのテラスへ出ようとすると
ガラスドアは閉め切っていて
身体ごとぶつかるかたちになり
おい、なんかへんなやつがいるぞと
少しざわざわしてきたので
俺はへとへとに歩いて店の外に出て
雨の三条大橋で水を飲んだ。

コーヒー色の鴨川がごうごう流れていた。


おわり