中華街をそぞろ歩きしながら、港にむかって散策。
こうして歩いていると、「ギャマン」や「ビードロ」なんて、長崎らしい語彙が似つかわしい場所や場面に出会います。![]()
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ここは明治というより、江戸の中の国際社会のイメージですね。
みんながまだ髷や刀で暮らしていた時代に、ここだけは異界。西洋と東洋との端境地という風情です。
ちょっといけば出島もありますが、ここは長崎奉行の汚職の舞台として、私の中ではよろしくない(笑)
なにより、今の出島は「らしくない」のです。
ここは、異境との出入り口なのに、そんな気が全くしない。![]()
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飯嶋和一氏の「黄金旅風」を読んで見なと長崎の観光協会に言いたいくらいです。
ふと道の向こう側を見ると、高い坂道を下ってきたあの道。
おおー
なんだか急に懐かしくなりました。ご愛読のみなさまはもう重々ご承知のことでしょうが、稀代の方向オンチの私は、点ではいくつも場所は覚えており、記憶もまだまだしっかりしているのですが、その点を線で結べません。
ですが、松本清張氏は大好きです。(点と線つながりで・・
)
つまり、方向と距離感が掴めないということです。
すぐ近くを歩いていても、そこがどこであるかが判りません。
まだ車載ナビがなかった時代に、夜仕事で立ち寄り先から帰る途中、道が判らなくなり、その頃まだ存命の亡夫に「道が判らないんだけど、国道に出るにはどうしたらいい?」と、やっとみつけた店先の公衆電話をかけました。
まだ携帯電話もない時代です。
「周り見て。何がある?」と聞いた夫に
「オロナミンCの看板がある」と言って絶句させたこともあります。
はじめてわが地に来た家人が高速道路を見て、どっちが〇〇?」と聞いた時に
「そんなの判るわけないじゃないの」と答えて、絶望させたこともあります。
それまでうすうすは感じていたそうですが、この時「こりゃダメだ」と確信したそうです。
なので、この坂道も降り口の看板と上を仰ぎ見て判りました。
活水女学院への道
というか降り口ですね。
ずっと昔、娘がまだ小学校にも上がる前に、長崎にきて
「ここはね。すっごいお嬢さまを作る学校なのよ。あなたもここに来れるといいね」
と、坂の端に立たせて記念写真を撮りました。
「うん、ここに来たい」と、その時応えた娘はいまや、生活と子育てに追われる口やかましい主婦になりました。
本人の志が足りなかったのか、親の気合が足りなかったのか・・おそらく両方でしょうけれど。
そんな感慨に耽っていると、もう船が見えてきます。
それでも、そのまま帰船するには惜しくて、グラバー邸に行くか、大浦天主堂が迷って、後者を取りました。
グラバー邸は、長い歩道エスカレーターが付いているとは聞いておりましたが、私が前に行ったときはそんなものはなく、かなりの苦行でしたので、今はもうそんな体力気力は望むべくもなしと・・聞いていることをそのまま信じられない猜疑心のおババです。![]()
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空は曇っていますが、まだ雨ではない。
曇り空の下、大浦天主堂への坂道は学生たちで一杯。
そして上り坂を少し行くとありました。アメブロでどなたかが紹介していた「角煮まん」の名店。店先で立ち上る湯気がそそります。
ここでは私だけが購入。どうせ全部は食べられませんので、二人で分ける時は、まず食べるのは私。なにか?
美味しいことは美味しいのですが、辛口で言うと「観光客に合わせているかな」とは
思います。
万人に受ける味は、美味しいと言えるのか・・ま、こんな哲学的に考えなくても、そこそこ美味しけりゃいいんです。観光地なんですから。![]()
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客の方だって、観光地に来ていて極上の味なんて、望んではないでしょ。
望んでるって・・あなたそれは強欲というものよ。
美味しい500人と美味しくない500人なら、まあまあ美味しい700人を求めていいんじゃないかなと私なんかは思いますけどね。
観光地ではね。なんて思いながら歩いていると、なんと「自宅用」と書かれたカステラが店先に並んでいます。
「あ、これでいいよ。」と珍しく家人が求めます。
聞けば、今家人は蒸篭料理に嵌まっていて、その中に市販のカステラを蒸すというのがあるのだそうです。それに使うというのです。![]()
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いやいや・・そういうのはスーパーで売ってるみたいなやつとかパサパサのでいいんじゃないとは思いましたが、彼は買う気満々。どーにでもして。
私たちが買うと、周りにいた小学生や中学生たちも三々五々商品片手に並びます。
「おばあちゃんにこれでいいかな」
「いいんじゃない。」と友達と並ぶ女の子
・・・いいよ。いいよ。それで充分。きっと喜ぶよ。私なんて貰ったの「こたべ」だよ。それに比べりゃ、立派なおみやげよ。
「でも、お小遣いもらったんだよね。」
「そっか。うーん。それなら迷うね」
・・・おお、案外今時の小学生、世間を知ってるね。
「お私ばあちゃんそれで充分喜ぶと思うよ。私なら嬉しい」
余計なことと知りつつ、つい口を挟んでしまう私。
「そっか。じゃこれにします。ありがとう。」
女の子は嬉し気に返してくれますが、隣の友人が小さな声で
「でも、他所のおばあちゃんだし・・」と囁いているのが聞こえました。
「他所のおばあちゃんもうちのおばあちゃんも、嬉しいのは一緒よ。喜ぶことは保証する。」
「はい。」と女の子
まだ納得してない友人
「ほんとにいいの?」
・・・・もう喉の先まで言葉が飛び出しそうでした。
「私が買ってあげるわ。貸しなさいっ。」と。
もちろん今時、そんなことしたらと自らの激情を押しとどめました。
女の子はそれを買って、私に会釈して立ち去りましたが、友人はまだ不可解な顔して
並んでいきました。![]()
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「なかなか疑り深いお友達だね」と家人
「ああいう子が大成するのよ。自分で声かけといてなんだけど、素直に聞くばかりじゃなくて、疑問持つ子は私好きだわね。」
「あの素直な子よりも?」
「ええ。素直な子は好きだけど、あのお友達の方がよっぽど説得し甲斐があるってもんでしょ。骨がある。」
「ボクたちには従順を求めるくせに、他人には鷹揚だね」
・・・な、なにこの挑戦的セリフ。
なんて嫌味なジジィなんだろうと、買ったカステラ返しに行こうかと思いました。
つまらない意趣返しですが・・![]()
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港から船までは長いテントの店が連なって、外国人相手の日本のおみやげも並んでいます。しかし、ここでもそうですが、古着の着物。
古着が悪いとはいいませんが、薄汚れた半襟に、刺繍糸がささくれだった西陣の帯を5並べて売っているのを見るのは、ちよっと悲しいです。![]()
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外国の人が日本の文化にどんなに理解があろうとも、こんな薄汚れた半襟で日本人は着物を着ているのかと思われたら、いやかも。
丹精込めた西陣の機織りさんが織った帯を、糸が切れたりほつれたりしたままでいるとその美は半減どころか激減します。
せめてその糸を生地に馴染ませるとか、目立たなくするとかの手を加えて欲しいと思うのは、おばばの余計なお世話でしょうかね。
そんなことを思いながら「あ、福砂屋のカステラ、忘れたわ」と、どこまでも食べ物に拘り続けるおババです。
そして夜になって・・
今夜はビバルディでディナーです。いつものように「シェア」の席で。
今夜は八人席で私たちが最後です。
そして家人の隣の広島からのご夫婦。この夫さんがすごかった(笑)
もう最初から最後まで、お酒の話ばっかり。
家人も確かに酒好きで、まあここまではなかなかいなだろうとは思いますが、その域を軽く超えています、そして酒に関しては博識。
向こうの方が家人に気付いて
「あ、いつも泉の湯で・」とあいさつくれますが、家人は覚えていない。
彼も風呂好きのようです。
・・・・ここまで書いて力尽きました。あとは次回で・・・

