メルカリデビュー以来、そこそこ忙しい日々を過ごしているのですが、なかなか楽しいものです。
昨日やってきた娘にも
「あなたも何か売るモノあったら売ってあげるわよ。」と言うと、しばらく考えて
「あー。私はいいわ。売った後で後悔しそうやから」と言います。
「そうね。あなたや家人みたいなのは売らない方がいいわよ。じっと持ってなさい。」と言った私の言葉に棘はありましたかしら。![]()
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「で、おババちゃん(娘は私をちゃん付で呼びます)はなんか買ったの?」と続けて娘が問いますので、
「え~いやよ、他人の使ったものは・・」と答えると目を点にしておりましたが、何かおかしなことを言ったでしょうか。![]()
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こんな大雑把な私ですが、誰のものだか判らないものはいやなのです。
誰々さんからのおさがりとか、友達の友達からの・・なんていうものは有難く押し頂きますが、どこの誰が使ったか判らないものには手は出しません。
・・・メルカリに狂った人間が今、それ言うかというような眼で、娘は私を見ますが、いやなものはいやです。
私のものを、どなたか様がお買い上げいただくのは、嬉しゅうございますし、その方のお心ですからありがたくお売り致しますが、その逆はないということの何処が納得できないのか・・それが私には判りません。
「ま、キミは血の通ったヒトではないからね。切ったら緑色の血がでるよ。たぶん」と、家人までもが私をエイリアンだと思っていたのね。![]()
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そんな日々の私がゆっくりとする時間は自ずと夜になります。
家人は晩酌と共に、テレビで寝落ちしますから、
夜の私は自由です~
ま、起きていたとしても、何かしてあげたり、されたりする訳ではないので、ずっと自由ではあるのですけれどもね。![]()
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我が家はずっと使っていたテレビが今年三月に壊れて、新しいのに変えました。
自称「家電オジ」の家人は、家電の購入には煩いです。ネットで種類を調べ、価格を比べ、メーカーを絞り、使い方まで研究し、その後実在のお店に行ってみて、触って・・あんまりうっとおしいので、私はノータッチにしておきます。![]()
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この選ぶ時間が楽しいのだそうです。しかし・・今回の場合、テレビに現れた緑色の横線が日に日に増えていき、最初は録画を見た時だけだったのが、ついに地上波見ていても出るようになり、一本が三本に十本にと増えて言ったのはあっと言う間。
家人のような選択していたら間に合いません。
この壊れたテレビは、珍しく私が家人と一緒に家電屋さんに行ったときに「これで西太后見る!」と衝動的に決めたもので、それがずっと気に入らなかったみたいですが、
これまで故障もなくよく保ってくれたものです。![]()
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・・などという曰くが合ってのものですが、今のテレビはよく出来ています。
リモコンに「YouTube」「NETFLIX」「TVer」など12ボタンがあってその上、BS,
CSと当然地デジ。そして本体には録画となんと過去番組表たらもあって、遡ること二週間分を見ることができます。
これホント便利です。もう録画機能なんてなんでいるの?ってくらいのものです。
最近は専らこの過去番組で見逃し番組見ています。
そんな中で先日からずっと見続けていたのは
「映像の世紀 バタフライエフェクト」
お好きな方も多いかと思います。
それが8Kで四夜連続「第二次世界大戦」を放映していました。もう終わりましたけど。
もちろん視聴しました。
白黒フィルムも、それは鮮明によみがえっています。それだけに余計悲劇的に見えることもありますが、事実を綺麗に映す必要はありません。事実をそのまま見せることにこの番組の意義はあります。
子供に見せるには・・と思えば、親がどうするか決めればいいだけのことです。
世界大戦ですから、西はドイツ対ソ連。東は日本対アメリカで物語は歴史に添って進んでいきます。
戦死者の数や、民間の犠牲者、果てしなく壊され続けた建物や家屋。焦土の街。
それは今も昔も一緒です。そして今となっては、被害者も加害者もない。底知れない不幸が積み重なっているだけです。
つい昨日、ニュースでみたイランの町並みと、バリやポーランドの瓦礫が同じに見えます。
そしてもっと象徴的だったのが、
為政者たちのスピーチ。
アメリカのトルーマン大統領のスピーチの内容が、今のトランプ氏とあまりに似ていてびっくり。そして暗澹たる気持ちにもなりました。
人は、あんなに反省したはずなのに,後悔したはずなのに、年月を経て、また同じことを言っているし、繰り返しているのです。
・・歴史は繰り返すというより、ヒトの愚行は終わることを知らずです。
メルカリに現を抜かしている私が言うのもなんですが、本当に世界はどこに向いていくのか。来た道をまた戻り返しているのか。
夜になると、ふと自分を取り戻すことのある自分をまだまだ大丈夫と思う反面、何かできる。
なにかしなければというヒリヒリとしたあの熱い思いを、どこに置いてきたのかと、いまさらながらの記憶を辿ることもあるのです。。。
