大粟神社宮司です。


年末も押し迫りました。


神社もお正月に向けて準備をしております。


毎年年末年始は慌ただしく、

宮司は
分身の術がつかえたら、、と思ってしまいます。



さて、

上一宮大粟神社は

私が宮司に就任して
一年と三カ月が過ぎようとしています。



まだまだ修行中の身ゆえ、
神々のお声をしっかりと聞き、
何をなすべきかを
問いつづける日々ではありますが、


確信を持って就任時から
掲げているのは、

我が大粟神社を
上一宮として本来の姿を復興することです。


宮司だからではなく、
事実として当社は、比類なき大社にも関わらず、
遺憾ながら十分な整備が出来ない状況になっていました。

宮司も365日、社頭で社務を行いたいのですが、現状はそれがままならない状況です。


しかしながら、
信仰は試されるものです。


新宮司として大社を預かった当初は、
拝殿は荒れ、神具も装束も揃わない。

祭にやってくる地元の方も少ない。
悲観するには十分なスタートでした。



就任時は
ちょうど秋でした。


金曜日の夜まで昼間の仕事をこなし、
夜中に神領に戻ります。
土曜日の朝は2時間かけて落ち葉をはき、泥だらけになりながら拝殿や幣殿を掃除しました。


限られた時間です。
また日曜日の夜には戻り、
金曜日の夜中に神領へ戻る。


激務以上の何ものでもありません。
しかし、毎週毎週少しずつ神社に息吹きが蘇る確信がありました。


揃わない神具や装束を買い求めました。

浄衣を新しく揃えたら、円座、薦、、

そのうちようやく、地域からも少しずつ支援が入るようになりました。


毎日何をしていても24時間、神社の事を考える日々でした。

365日専務できない事情を無視して、心ない言葉を投げかけられることも最初はしばしばありました。

何よりも、宮司である私が、神様へ24時間ご奉仕が叶わない現実に苦悩している最初期は、正直こたえましたし、感情がたかぶることもしばしばありました。


しかし、
毎週少しずつ少しずつ神社を整えながら、
いま出来ないことを
恥じる事を止めようと考えを改めました。


神さまは、
必ず大粟神社を復興させようと孤軍奮闘する新米宮司を見て下さる、そう感じたのです。


そして12月。


ようやく、神具も整え神嘗祭を斎行できるようになり、宵宮をご奉仕していました。

一人夜遅くに幣殿で祝詞奏上していると、
突然背後に感じたことの無いような圧力を感じました。

恐怖を通り越していました。とてつもない何かに見られている確信があるのです。

あまりに凄まじい力に圧倒されそうになりますが、祝詞を途中で切り上げるわけにはいかない。
脂汗をかきながら、ひたすら本殿に向かい祝詞を奏上しきりました。

すると、ふっと凄まじい霊圧は消え、身体が軽くなりました。
振り返っても何もなく、暗闇だけでした。

しかし、ふと頭に大粟神社摂社の御祭神が無性に気になりました。

帰宅して、先代に摂社の神さまは誰か?と聞いてみました。

若宮神社と古文書にはありましたが、どうしても違和感があったのです。

すると父は、
「若宮さんというが、実は、粟神社と言ってな、、奈良の大神さんと同じ神様だ」

と言いました。
私はぞっとしました。

まさに、自分を見ていたあの神は、
粟神社の大物主神であると確信したのです。


研究をしている私は、若い頃から理性的な方です。
文学は大好きですが、神秘体験とは無縁だと思っていましたが、
この経験はまさに、理屈では説明がつかないものでしたし、
この経験から、幼い頃から神社で確かにわたしは大物主神と出会っていたことを思い出しました。

また、この体験から
大物主神が導くように、わたしは阿部家本家の荒廃した御祖神社跡から、大粟神社の根幹にあたる神宝を発見しました。

宮司家阿部家が神代から受け継いだ、大粟神社の祭祀の根幹にあたる神器です。

私はこの神器を大物主神から預けられたと確信しました。

この神器が宮司に再び戻ったこの時に、
上一宮大粟神社の神々は、長い眠りから覚め始めたのです。

神器を取り戻した大粟神社は
どんどん復興へ向かっています。

宮司に就任したはじめは、一人ではじめた月次祭。
それが、いまは全国から毎月お越しいただく崇敬者さまもいらっしゃります。

また、復興のために御寄進いただき、宮司とともに大神さまへの敬神の誠を尽くしてくださる方が集い始めています。


上一宮大粟神社を

宮司は

必ずや復興させます。


まだまだ困難な課題は山積です。

しかし、神学を深め、がむしゃらに
動き回る中で、少しずつですが、道が開かれています。





いかに困難な道であろうと、

宮司は、

偉大なる我が大宜都比売大神と我が御祖神であり、太古の粟神の裔である阿閇神が始められた神道を確信し、かたく護持する覚悟があります。


上一宮大粟神社は

偉大なる神々の真の神威がたちこめています。

そして、
この神社には
宮司をはじめ、
真っ直ぐに神々に仕える誠を尽くそうとする人々の清々しい思いが宿っています。


わたしは
素朴であり、いまだ不十分な神社の現状を改善するために尽力しますが、
もはや恥じません。

必ずや復興するからです。

そして、
大社であるという事実も決して曲げません。


新年を前に
今一度、
私は宮司としての
襟を正し、
より高い神学を深めてまいります。