【 閑話休題 】 男親ならだれでも思う? ~ 類型化という罠について | ・大津、出水、そして全国の子供たち、死んじゃいけない~ヘロの独り言

・大津、出水、そして全国の子供たち、死んじゃいけない~ヘロの独り言

・ 全国で子供たちが陰湿ないじめによって死に追い込まれている。
  命を奪うものは直接の加害者だけじゃない。見てみぬふり、時には言葉の暴力や直接の暴力で、子供たちを死に追いやる教師もいる。
  そんな狂った社会に向けて、老人は怒りをこめてつぶやきます。


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芦屋雁之助という喜劇役者がおられました。
晩期には『裸の大将』で山下清画伯を演じて大当たりした人です。
元々は兄弟漫才の出身で、それが大昔、『番頭はんと丁稚どん』という番組で大ブレイクし、
長い下積み生活で磨きあげた芸を武器に瞬く間に喜劇界の重鎮にのしあがった方です。
亡くなった藤田まことさんと双璧をなす、とても懐かしい方です。

この方の歌を冒頭に置きました。けっこうヒットした歌ですが、
この歌の出だし=【嫁にいく日がこなけりゃいいと、男親なら誰でも思う】という歌詞が
ヘロはいまだに好きになれません。と言うよりも、大嫌いです。
ヘロはこの種の歌詞に代表される、ステロタイプ(類型的)なものの見方が大嫌いなんです。
その程度のこと、どうでもいいじゃないかと思われるかもしれませんが、
そういう類型化が、どれほど多くの人を苦しめているかと思うと
やりきれなくなってしまうのです。

実は何日かあとに、長女の婚礼が控えています。
豪華な挙式よりも、それから先の二人の生活を見据えて、無駄遣いはするなと言ったのですが、
聞く耳などなかったようです。
どうやら燕尾服をきせられ、バージンロードのエスコートをさせられるみたいです。
知らん人も多いと思いますが、これでロイドメガネをかければサンドイッチマンですね。
で、こんな日がこなけりゃいいと思っていたか?
とんでもない!! どれほど安堵し、ホッとしているか、はかりしれません。

この先どうなるかは分かりませんが、とりあえずは一つの方向を見つけてくれた。
そういう安堵感です。もちろん、結婚しないというのも立派な選択肢のひとつです。
大切なことは、時間を限られた人生ですから、自分の道は自分で決めるという姿勢です。
年があければ、今度は次女の挙式がひかえています。
まあ、ヘロの寿命を見越して、孝行娘たちが決定を急いでくれたのでしょう。
それで、そんな日がこなけりゃいいというのが、はたして【誰でも】の思いかということなんですね。

これは【そうあるべきだ】【そのはずだ】という考えの方々の押しつけにすぎません。
ヘロの知人にも、この歌詞そのままの父親がいますが、実は、むしろ気持ち悪いなと思っているくらいなんです。
それって、娘を【異性】の一人と見ているようなものじゃないかと。これは言いすぎかも(笑)
娘でも息子でも、旅立ちは寂しいものであり、また喜ぶべきものです。それだけのことです。
そういうステロタイプ(類型的)な考えを押しつけられる筋合いのものではないと思うのです。

どうして、そんなことに、それほどこだわるの? そう思われるかもしれませんね。
でも、よく考えてみてほしいのです。
親はこうあるべきだ。子供はこうあるべきだ。学生はこうあるべきだ。男は・・・ 女は・・・
そういう押しつけや決めつけと、まったく同じものだとは思わないですか。
どんなに嫌なことがあっても、児童や学生は学校にいくべきだ。
命を奪われてでもとは口にしませんが、それにひとしい【常識】の押しつけ。

古い古い戦時歌謡に、こんな歌詞があります。
『夢に出てきた父上に 死んで帰れと励まされ 勇んでにらむ敵の空』(露営の歌)
この国の過去には、こんな親子関係が【常識】として国民に押しつけられた【美しい伝統】もあるのです。
ですからヘロは
道徳や感情や常識の【ステロタイプな押しつけ】には用心深くなってしまうのです。
自分があたりまえだと思っているものを、時々は、あらためて見つめ直してみる。
常にそうでありたいと思っています。

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まいらさんから、
あまりにも意図的な攪乱コメントが続くようなら、承認制に切り替えたらどうかと、
本当にこの板を心配してくれたうえでの助言をいただいています。
でも、しばらくは、自由放任を貫いていきたいと思います。
じゅうぶん【標本】が出揃ったじゃないですかと言われるかもしれません。
でもそれは、
そういう人達の霍乱や攻撃の手口が出揃ったという意味でしたら、まだまだ不十分だと思います。
そういう方々が、どういう【常識】を前提に語っているのか、
どういう【常識】を私たちに広めようとしているのか、
そういう角度で考えていただくためにも、事前の【検閲】はできるだけ避けたいと思っています。
ただ、ご忠告は心にしみています。感謝。