西武池袋・秩父線全駅間歩き2(飯能-西武秩父) その1・飯能市街を抜けて | 駅から駅まで・旅のあしあと

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鉄道路線全ての駅間を歩く全駅間歩きを10年以上続けています。
今は東海~北海道エリアを歩いていますが、目指すは全国全路線全区間踏破!
そんな壮大な目標、たぶん一生レベルでかかるので、長い目で見守っていただけるとうれしいです。
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池袋から飯能まで歩いたチャレンジウォークから1週間。

私は、再び飯能駅のホームに降り立ちました。





秩父を目指すために。



60km歩いた1週間後にまた歩くなんて、最初は考えていませんでした。
ただ、このころは悪天候がずっと続いていて、
次の土日が晴れてくれる保証は全くありませんでした。

台風が逸れて晴れてくれたとなれば、
早いうちに次の区間も歩いてしまいたいという思いが強くなりました。



そして、歩いてしまいました。



今から思えば、この全駅間歩きこそが
真のチャレンジウォークだったかもしれません。



西武池袋線全駅間歩き1(池袋-飯能)はこちらから

7月11日(土)  歩行区間:飯能-西武秩父  天気:晴れ
飯能(5:41発)-東飯能(5:51着・5:55発)-高麗(6:53着)-

 

 


今回は、西武秩父線の終点・西武秩父まで一気に歩いてしまう予定です。
50kmを軽く越えた前回ほどの距離を歩くわけではないとはいえ、
早い時間にスタートしないと、ゴール着く前に日没を迎えてしまいます。

今回は入間市で前泊して、始発で飯能入りしました。
そして5時40分。秩父へ向けて歩き始めました。




目指す秩父はここから北西の方角にありますが、まずは市街地を東へ歩きます。
早朝の飯能市街は、車の行き来も人の行き来もまばらです。




飯能駅から10分ほどで最初の駅・東飯能駅に着きました。

 

 

 


八高線と接続する駅ですが、西武線は単式ホームがあるのみで、列車の交換はできません。
西側に線路を引けば島式ホームに改造できそうですが、そんな日は来るのでしょうか。




そのまま次の駅へ向かいます。
線路に沿って、飯能市街を西へ進みます。




道すがらにあった、飯能高校の入口に掲げられていた銘板なんですが…

鏡文字…じゃないですよね?




市街地をさらに西へ進みます。
やがて市街地は終わりを迎え、緑の丘が迫ってきました。




西武線の武蔵丘車両基地が見えてきました。
都会っ子な東京メトロの車両がこんな所にいるとちょっと違和感が。




飯能市を抜け、日高市に入りました。
歩いている道は、入間・飯能と秩父方面を結ぶ国道299号。
交通量が多く、大型車も行き交うのに、途中から歩道がなくなってしまいました。

国道299号は、ここからゴールまでずっと歩くことになる道です。
ここからこんな感じじゃ、これから先が思いやられる…。




歩道のない国道は歩きたくないので、ちょっと回り道しました。
検修庫へ向かう引き込み線をくぐると、丘へ向けて上り坂が始まりました。




丘の上には住宅地が広がっていました。
やがて、道は下り坂に変わり、そのまま高麗駅まで続いていました。




高麗(こま)駅に着きました。


駅前には、顔が彫り込まれた2本の柱が立っていました。
これは将軍標というもので、朝鮮半島の道祖神なんだそうです。

そもそもここ「高麗」にしても、八高線の「高麗川」にしても、
どうして朝鮮半島北部の旧国名が駅名(地名)になっているのでしょうか。

実は、668年に高麗(高句麗)が唐・新羅の連合軍に滅ぼされた際、
高麗人の一部が日本に亡命して、帰化したといわれています。
その後、当時の朝廷がその人たちをこの地に移住させたそうです。
「高麗」は、日本でも1300年近くの歴史を持つ地名のようです。



…って、まだ7時にもなってないのか。


その2へ続く


 
飯能駅から武蔵横手駅までのGPSログです(1/50,000)。
高麗駅へは駅近くまで国道299号を歩くルートが最短ですが、
今回はあえて丘を登って、こま武蔵台ニュータウンへ回り道しました。

ちなみに、高麗駅からニュータウンを経由して武蔵横手駅へ向かうこともできますが、
国道経由と比べると、距離は大幅に延びてしまいます。