こんばんは
たとえ物質的に満たされていても、必ずしも幸せとは言えないのではないか?
昨日の日記の続きですね。
「有無同然」という言葉があります。
しかるに世の人、薄俗(はくぞく)にして共に不急の事を争う。
尊となく卑となく、貧となく富となく、少長・男女ともに銭財(せんざい)を
憂(うれ)う。有無同然(うむどうぜん)にして田あれば田を憂え、宅あれば宅を憂う。
牛馬六畜(ごめろくちく)・奴婢(ぬび)・銭財(せんざい)・衣食(えじき)・什物(じゅうもつ)、
また共にこれを憂う。
『仏説大無量寿経』
私たちは、お金や財産、地位、名誉がないから満たされないのだ
あれば、幸せになれると追い求めています。
しかし、それらが満たされれば幸せになれるのでしょうか???
ノーベル賞受賞者・・バートランド・ラッセルはこういっています。
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『幸福論』
(ラッセル)
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バートランド・ラッセル(Bertrand Russell、1872-1970)は
イギリス生まれの論理学者、数学者、哲学者です。
あのアインシュタインと親交があり、核廃絶に対する共通の想いから
「ラッセル=アインシュタイン宣言」を発表、この宣言が
パグウォッシュ会議の開催へと発展しました。
また1950年、ノーベル文学賞を受賞しました。
今回はそのラッセルの『幸福論』より引用です。
多くの人は願い(欲)を満たせば幸せになれると信じていると思いますが・・・
《▽引用開始▽》
君たちが光栄を望む場合、諸君はナポレオンをうらやむかもしれない。
けれども、ナポレオンがシーザー(カエサル)をうらやみ、
シーザーがアレキサンダー大王をうらやみ、
さらにアレキサンダー大王が、実在の人物ならぬヘラクレスをうらやんだとしたら?
成功ということだけによって、嫉妬からのがれることは金輪際できないのだ。
なぜなら歴史や伝説のなかには、いつでも諸君よりもはるかに
成功した人間が幾人もいるのだから。
では、なぜ私たちはどんなに物質的に恵まれても
なぜ、満たされないのでしょうか。
お釈迦様は、それは
心が暗いからだといわれています。
「人は、苦をいとい、幸せを求めている。
だが、金を得ても、財を築いても、常に苦しみ、悩んでいる。
王や貴族とて、皆同じである。それは、
なぜか。苦しみの原因を、正しく知らないからである。
金や名誉で、苦しみはなくならぬ。
無ければ無いで、苦しみ、有れば有るで、苦しむ。
有無同然である。毎日を不安に過ごしている。たとえば、
子供のない時は、ないことで苦しみ、子供を欲しがる。
しかし、子供があればあったで、その子のために苦しむ。
この苦しみの原因は、どこにあるのか。それは、己の暗い心にある。
熱病の者は、どんな山海の珍味も、味わえないように、
心の暗い人は、どんな幸福も、味わえないのだ。
心の闇を解決し、苦しみから脱するにはただ仏法を聞くよりない。
この法を求めよ。心の闇が破れ、真の幸福が、獲られるまで。
たとえ大宇宙が火の海原になろうとも……」