昨日の日記でミクシーでコメントをもらいました。
足あとからきました。
福田首相がこの映画をもし観ていたら、
例の「あなたとは違うんです」とは言わなかったはず。
そう願いたい…。
記者会見 ゆーちゆーぶ
http://jp.youtube.com/watch?v=QYKCd23tiHk
福田さんの「あなたとは違う」
の発言にカチンと来た人は多かったはず。
心のどこかで、自分は特別なんだ、あなたよりも優れた人間なんだ
という意識がぬぐえなかったのでしょう。
追い詰められて苦しかったこととは思いますが・・・
「あなたとは違う」といった福田さんに対して
親鸞聖人は自己の真実の醜い姿をしらされて
この親鸞ほどお粗末なものはないと言われています。
阿難(釈迦のお弟子)が、ある夏の暑い日、行乞より祇園精舎に帰る途中、
あまりにノドが渇いたので、樹の蔭で一人の若い女が手桶に水をくんでいるのを見て、一杯の水を求めた。
阿難は美男で有名だった。釈迦在世中、ついに悟ることができなかったのは、あまりに女難が多かったためだ
といわれている。
その阿難に言葉をかけられた娘は、赤面しながら小さな声で、
「私は卑しい素性の女です。あなたのような尊い身分の方に、あげとうてもあげられません」
と断わった。
当時のインドには、婆羅門、刹帝利、吠舎、首陀羅といわれる、厳として破ることのできない社会の階級があった。
婆羅門(僧侶)と刹帝利(王族)は、ほとんど同等の尊い身分とされていたが、吠舎はそれらに対して、
婚姻はもちろん、交際までも禁じられていた。
首陀羅に至っては、直接それらと言葉も交わされぬという、虫ケラ同然にみなされていた。
今の娘は、その首陀羅であったのである。
釈迦は、かゝる四姓の鉄壁を打ち破って、すべての人々は平等である、と喝破せられた。
阿難は、優しく娘を慰めて、
「人間は生まれながらに貴賤が定まっているのではない、仏の教えは、
一切の人々は生まれながらに平等であり、自由だと教えられているのです。どうか遠慮なさらずに私に水を一
杯布施してください」
と少女を励ましている。
「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」
明治の先覚者の言葉に、当時の人々は驚いたが、釈迦は三千年の昔に、
すでに「万人は平等なり」と叫ばれたということは、実に驚嘆すべき事実である。
浄土真宗をひらかれた親鸞聖人は
当時の厳しい封建時代にあって、
全人類にむかって御同朋、御同行をと呼びかけて
文字のたてよこもわからない民衆の中に飛び込んで
阿弥陀仏の本願をひたすら伝えて行かれました。
一視同仁・・すべての人は煩悩のかたまり
深く自己の姿を知らされた親鸞聖人にとっては
自分は善人、周りは悪人という分け隔てがなかったのでしょう。
「善人なおもって往生をとぐ
いわんや悪人おや」