ブログは勢いで書いているもので、失速してしまい結びを間違えてしまいました。

 監査は公認会計士の独占業務で聖域だけれど、会計士は日本経済の健全な発展を使命としています。

 つまりあらゆることは監査目線でいるだけでは監査業務をするという使命は果たせてもより大きな公認会計士の使命を果たしていることにはならないということ。

 それが本当は言いたかったのです。会計士のスキルはみなさまのために使えてなんぼなのだと。そのためには視野を広くしないといけないのです。

 そう、視野が狭く、広告業界の人とわかりあえないからこそフラれることになったんじゃないか!? 

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 勉強になった広告業界の人のトークでしたが、社長のしもべ的な地位でいつも社長のこと考えないといけないし、みんな帰るけど自分は3人分くらい働いていて大型CMが近日公表されると言うのですが、楽しくはないそうです。
 やりがいも感じる訳じゃないし、でもお給料もらえなくなるからと。

 この辺、会計士(半分くらい除く)とは違うなと。あまり私の周りにはお給料もらうために働いている人はいません。それよりは今の業務を通じて、または将来お客様に何か価値が提供できるように日々の取り組みを行っている人が多いように思います。

 お金のためだけに働くのは不幸だよ、とまるで学校の先生みたいなことを言ってしまいましたが、わかりあえませんでした。

 私の考えでは、まず仕事をしてそれに見合った対価をもらうのがあるべき。広告の人は給料ありきの仕事。しかし本当は給料をもらっているという社会人ステータスが一番魅力的なのでは。

 結婚している、子供がいるという家族系。
 マンション持ってる、車持ってるという不動産系。
 ゴルフやってる、フットサルしているとかの趣味系。
 そして何の仕事をしているか。

 その中身よりもステータス自体でとっつきの印象が決まってしまう日本の大人社会なのはわかっちゃいますが、それでもお金のためだけに働くのは不幸だよと言ってしまいました。
 というのも頭もいいし、事務処理能力、人との折衝もうまいんだから後は仕事が楽しいと言えばカリスマになれるのではと思ったからです。

 たとえ口だけじゃ、思っているだけじゃ、何も変わらないのだよとか言われてわかりあえなくても、何を思って働くかってとても基本的な話で私には重要なことに思えてなりません。
 ただしわかりあえなかったのはそうはいうものの私が体現しきれていなかったからだという厳しい現実はしかと受け止めないといけません。

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 承認と聞いて監査している身として思い浮かべるのは、内部統制でです。そして内部統制と言えば内部統制監査であり、それは財務報告目的に絞られます。

 財務報告目的の場合、承認には論理的な理由があります。正しく処理されているから、予算どおりのものが発注されているから、信用調査とったところ信用できる得意先だから、など何らかの理由が明らかにあるのです。

 一方で今日話した広告業界の人が承認の話をしているのを聞いていると少し違っていて、どうも財務報告などよりセンスの話をしているのです。社長が何か違うっていったらそれは承認されないと。

 考えてみれば当たり前の話で、広告はコンセプトにあった映像が求められていて、クリエイターは発注主を論理的というより感覚的に納得させないと受け入れられません。  

 世の中には理由のない承認があるのよ、とお叱りを受けてしまいました。専門に特化するのもいいですがもっと世の中知らないとなあ。
 監査人はなぜもっときっちりできないのかと事細かに会社を攻め立てる場合がありますが、財務報告目的というのはあくまで内部統制の目的の一つで、会社はそういうスタンスで取り組んでいる、と思うと理解が促されるのだと思いました。 
 そしてそういった理解のもと、一歩引いてみてみるとリアルな会社の統制環境が見えてくるのかもしれません。


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 新人の頃からよく言われたことで、監査は繋がりが命ということです。まあこれは監査調書に限らず決算資料にも言えることです。いずれにせよこの検討がいかなる範囲に影響を及ぼすかはとても重要です。

 オフバラにして本表に上げないっていっていたのに注記で帳簿価額なるものが出ていたり、海外子会社に過去からその他固定資産にソフトウェアがあることが発覚したので、振り替えるといっておいてキャッシュフローでソフトを取得したことになったり。

 視野の狭い作業をしているとそういったイレギュラーを通過して、その後の影響がコントロールできなくなります。

 視野の広いボランチ的なプレーができるようになってくると作業も効率化して一皮むける感じになります。

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 決意表明などしても何も変わらないとは思いながら昨日悲壮な気分をブログに綴り決意表明に至りました。

 不思議なものでブログに書いただけでも気分は変わっていき、実際2、3よい兆候が見られました。ブログで決意表明するという小さなことですが、侮れません。今日見られた兆候と起こした少しの行動は2013年後半の流れを十分変えられるのではとさえ思っています。

 リラックスした環境は脳の活性化を生みますが、恐怖を前にした生き残るための思考も捨てたものではありません。願わくはいつでも生命の危機を感じているときと同等の頭の回転ができるといいのですが。

 決意表明、ブログ、流れを変える簡単ツールなのかもしれません。

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