SNSの発展のめまぐるしい世の中。気づけば国内のどこに住んでいるかなんて大した問題ではなくなったし、ネットワーク上では国境すら消えたと言って過言ではない。


 会わなくても人脈は維持できるし作ることもできる世の中になってきている。これもfacebookの副次的効果だろう。時代は明らかに変わっていて、去年の常識は今年通用しないということはいつ起こってもおかしくないのである。


 もう1年以上前になるが、10年後を占うような本が出版されている。

2022―これから10年、活躍できる人の条件 (PHPビジネス新書)/PHP研究所
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 「会社がなくなる」との極論がこの本では謳われている。正確に言うと会社という営利目的の組織に所属して、システムの一部になることの価値が落ちると書かれている。理由は今が転換期で古い価値観をもとに価値を提供することを趣旨としてきた巨大な組織は継続するだけでは滅びるだけだから。方法論として巨大組織に所属することはむしろ肯定されているが、個人の価値観として昨日の常識を今日も続けていくという日々ではやがて滅びるというのは理解できる。


 そして、何に価値がシフトしているのかというとそれは「共感」や「つながり」というとても人間味あるものである。スマートやエリートやエレガントのイメージも変わっていくのだろう。facebookはじめSNSを通じて、容易につながりを保ち共感を促すことが可能となっていることをヒントに、個人の提供する知識や情報をより大きくしていくという発想。


 長期休暇に頭をほぐすには読みやすくよい本だったと思います。特にこの夏は物理的にも精神的にも不要なものを捨てていく掃除が必要と思っていましたので。しかし、このような共感やつながりを目的とするイミテーションは人の時間と財産を奪っていきます。やらせの共感、虚しいつながり。核となる思いを自覚するとともに、相手のそれを見抜くことでリスク管理する必要があります。もちろん受発信する機動力は大切で、経験ないとわからないのですが。一つ言えることは中身のない仕組みは破綻するということです。


 5年前から自動車を買おうと年に一回は思ってきたが、車を買うには複数ディーラーを回った方がいいとか、この時期お買い得とか、車庫証明が先にいる事実とか、リアルな話が私の前に現れて毎年頓挫していた。

 しかしついに今年ちょっと流れが来て、具体的な動きとしてディーラーに話を聞きにいくと、果てしない感動を覚えた。なぜ今まで商談しなかったのかと。車ってこんなにすばらしいじゃないかと。少し高いが、まあがんばって働いてボーナスも出るし大丈夫と翌日早速炎天下のなか月極め回って電話を掛けて行った。

 しかしことごとく空き無し。

 ようやく空きがあると思うと吹きさらしかつ客と共用のさえない駐車場。こんなところに愛する新車は置けるのだろうか。そして月額も残業月々10時間はしていかないと払えない値段。そして時間が経つにつれて薄れていく商談後の感動。

 とどめに高価な買い物が不自由の入り口だとかその買い物をして一体どういう意味があるのか考えよとかブレーキワードがラッシュのごとくあらゆる媒体から降りかかってくる。

 金を使おうとしただけでなぜこうも邪魔が入るのか。若者の車離れとか世間はいうけれど本当に売る気はあるのだろうか。こうした負のスパイラルにはまってしまう自分が真実なのですが、明らかな逆風なのできっとまだ無理をしないといけないステージということなのでしょう。

 あらゆる意味で自由に使えるお金が多いという状態は豊かさの象徴のひとつなのでしょう。

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 金融機関の人と食事をしました。法人相手に仕事している同士話も盛り上がり、その中で経理の年齢層の話になりました。

 どうも大企業の方が若い人多くないかと。中小企業の方が50近いベテラン多くないかと。

 推測での回答ですが、システムの差ではないかと。大企業ではデータ連携を多用して数字も決算資料に指示されたシステムの数字入れたら計算されるというようにわりと簡易な標準化された決算プロセスである一方、中小企業では凡人では理解不能なスプレッドシートや職人芸の数字拾い術が経験上散見されました。要するにシステム化されているかどうかの差で、システム化と必要なスキルは負の相関関係にあると思われるのです。

 その他、新人採用が進んでいないとか、経理部長が曲者で後任が育たないとかいう理由も考えられますが、そんな事情は本当なのでしょうか?

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 来年で私の任期は満了になりますが、システム監査部門に残ってほしいと言われました。

 私の前年の電撃移籍決定時の予定では、任期満了をもってマニアック街道(専門部隊)を志願していこうと思っていました。そのためシステム監査卒業の要件として自分がシステム監査出身であると一切の補足(言い訳)無しに言える状態になることを設定していました。

 マニアック街道といいながら、非常に難易度の高い道なのでそれくらいの自信がないと志願すらできません。しかしここに残留との選択肢が現れました。即答できない旨だけとりあえず回答しましたが、これは当初の目標を変えていい理由にはなりません。

 つい部門に貢献するチャンスだしとか出世できるかもとかもう一年経験積んだ方がいいよなどと残留の道を正当化してしまいがちですが、おそらく私が今後何年かイメージしている道はそんなご都合主義でわたっていける道ではありません。と、覚悟を決めて長期のレジャーは控えて修行にいそしむ盆です。

 とはいうものの残る選択になるかもしれません。しかし誰がなんと言おうと、なりたい自分というか会計士としてどういう貢献をしていきたいかという像があるのですから、それを目指すだけという努力をしなくていい理由はないのです。

Android携帯からの投稿
中二病ってご存じだろうか。あらゆる困難を気合と根性で解決できると信じるあれである。

どうも4つくらい下とはテンションが合わないと思ったら一つの仮説に行きついた。彼らにヒーローはいなかったのではないか。




 
このようなサイトを見ると切に思う。全部私の思春期のヒーローたちであった。ヒーローはご飯どきあるいは週刊マンガにて私たちに大切なことを教えてくれた。あきらめちゃだめだとか、やればできるとか、好きなんだろ?とか。ドラクエとかもそうなのかもしれない。




狂信的に数字を増やすだけじゃなくてストーリーが大切なのだと心の教育をしてくれたんじゃないかなって思うわけである。今、昔ほど狂ったように読む漫画があまりない理由は大人になったからではない。単純にあついものを感じないからだ。




確かに時代は変わったかもしれない。しかし、そんなに興ざめにならなくてもいいじゃないか。一歩踏み出して中二病になったっていいじゃないか。あのパートナーは四皇の一人だなとか、鬼軍曹にサンダガ食らわせてやるとかいう私のような新人がいないことを寂しく思う今日この頃である。(それは中二秒とちょっと違うか・・・)



しかしだ。一番は修行というキーワードが出てこないことである。ヒーローから得られる教訓は一度負けても修行したら次勝てるということである。そうして変われることを学ぶのが漫画の役目なのである。言いたかったのはそういうことだ。昨日と今日で変わり映えしない諸君をつまらなく思うのだ。(上から・・・)