責任感って人の信用度を測る指針の一つになってますよね。
責任感。
僕はコイツにかなり、いや今も苦しめられてる気がしてます。
前職の話ですが、自分が長年担当してる仕事がありました。
ある事情でサービスを終了させなければいけない。
しかしかなり高単価の為エラい人らは辞めたくない。
それでも何とか終了させなきゃと。
問題抱えてるの分かってて運用してるのも問題だし、落ちたら中のデータなんか間違いなく取り出せないし。
規約上データの保証はしてないにしても知らぬ存ぜぬじゃ済まない。
でも、なかなか進まず結局終了させるのに8年近くかかった。
で、何でこんなに関わってしまったのか?
「責任感」
でも、この責任感、本当に責任感だったのか?
問題おきたら自分が全顧客のサンドバッグになるのは明白。
正直、もう他に任せてサッサと退職したかった。
でも、その時実は以下のようなモノが…
・周囲の人から悪く思われたくない。
・マニュアル作成作業が面倒。
・引き継ぎが面倒。
その他諸々…
こんな思いを「責任感」って言葉で誤魔化してたなぁ…今にして思うと。
勿論、自分が頑張ったお陰で助かった人もいると思う。
でも、僕はその為に他の事に使えたかもしれない8年近くの時間をそこに使ってしまった。
頑張れたという自信には繋がったけど…
…頑張れたという自信が得られたからイイという考えもあり。
…でも、8年も必要だったのか?とかねw
これも、自分にとって必要な時間と経験だったのかも知れないけど…
自分の本音を誤魔化す為に責任感って言葉を利用してしまったように感じてる。
今となっては。
責任感って他者目線ですよね。
他者目線に振り回された見事な実例だったのかなwww
「自分の本音と向き合ってその本音を受け入れて、本音と世間をどう擦り合わせたら良いか」という思考に気がつけば、8年なんで時間は要らなかったのかもなぁ。
そんな事を思い出した。
今度はちゃんと本音と世間の擦り合わせ出来るように行動する!
