太刀岡山左岩稜 | 鬼川の日誌

太刀岡山左岩稜

  太刀岡山左岩稜登攀  14,9,2・3


  太刀岡山左岩稜はこれまでも何回か計画してくれる人があり、
 実際に取り付きまで来たこともあるが、天気に恵まれず中止。
 この間クラック登りの練習を始めたこともあり、私たちの力では
 少し不安ではあったが計画した。

  それにしてもまるで思いもかけない異変で取り付く前に中止かと
 いう事態だった。2日夜太刀岡山には少し遠回りになるが、適当な
 テント場を探して、道の駅韮崎にテントを張ることになった。

  * なんとムカデに噛まれた

  いつものように適度なアルコールで寝付いた。そしてまったく突然
 分けの分からない激痛に襲われ何かを顔から払いのけた。痛みで
 たたき起こされたが何が何だか分からない。寝ぼけ眼に真っ黒な
 10cmはあろうかという虫がテントマットの下に潜り込むのが見えた。
 ムカデだ。ムカデに顔を噛まれたのだとやっと分かった。これは全く
 思いもよらない事態だった。テントのチャックが少し開いていて、ここ
 から入り込んだらしい。

  騒ぎで起きた仲間がそのうちマット下から這い出したムカデを捕ら
 えているのを横目に、私は噛まれたところを洗面所で洗い、鏡で見
 てみたが良く分からない。仲間が早速NETでムカデの対処法を調
 べて暖めるといいという情報を仕入れたが、他には冷やすといいと
 いうのもあり、火傷のような痛みで私は暖める気にはならなかった。
 手持ちの薬を付け、たまたまあった氷で冷やした。
 (冷やすのは良くなかったらしい。)

  昔からムカデに噛まれると痛みが酷いということは知ってはいたが、
 避けるか踏み潰すかして噛まれたことなどなかったし、最近は出会
 うこともなく、スズメバチほど具体的な危険とは思ってもいなかったの
 で、実際に噛まれた場合の対処法など頭になかった。
 痛む場所は(右耳の横)限定されているとはいえ、どのように展開す
 るのか判断が付かなかった。
 この後難しいクライミングをやるつもりなわけで、途中で気分が悪く
 なったりしないか心配だったのだ。

  まだ朝の5時半頃で病院といっても開いてないだろうし、地理も不
 案内な場所で仕方なく119番して事情を話し相談した。しかし見て
 みないと分からないということで出動してくれることになった。来てく
 れた救急隊員はアナフィラキシー・ショックを心配していた。ショック
 症状はないようで、結局近くの救急病院に連れて行ってくれた。昨日
 もムカデ被害で出動したという。結構この辺は多いようだ。
 医者はやはり熱めのお湯で患部を温めた。だがもう噛まれて1時間
 半ほど経っているので余り効果はないとかいいながら。後は痛み止
 めの薬を処方したくらい。様子がおかしくなったりしていないので大
 丈夫ということだったらしい。救急隊の皆様大変お世話になりました。

  私も噛まれた時は今日は中止かと思うほど酷く痛んで心配したが、
 これで様子を見ながらだけど、左岩稜に取り付けそうだと思えほっと
 した。とっさに付けた手持ちの薬も効いた様だ。

  ** ついでだからムカデに噛まれた場合の対処法。

  ムカデは刺すのではないので、その毒は、ハチや蛇の場合のよう
 に深く注入されるのではなく、噛んだり爪で引っかいたりした部分に
 散布されるかたちらしく、洗い流すのが効果的とか。
 (私も水だったが直ぐ洗った。)
 ムカデの爪が皮膚に残っている場合があり、これは切開して取り出
 さなければならず厄介なことになる。取り出すまで毒が撒かれること
 になるし。

  ムカデの毒は複雑なタンパク質毒とかで、このタンパク質を熱変性
 を起こさせ効力を失活させる(イメージとしては卵をボイルして固め、
 生とは違うものにしてしまう)のが一番で、熱めのシャワー(火傷しない
 程度の)がいいらしいです。シャワーがなくても熱めに温める。

 (注入されるのではないからポイズン・リムーバーは使わないほうが
 いいらしい。これを使うとか冷やすといいという書き込みもありますが。)

  私は痛みでとっさに払いのけたので深く噛まれたりせず、毒の量も
 少なかったようです。寝ぼけていたけど、ムカデに触った感触は実に
 気持ち悪いものだった。
 (噛まれた時は出来るだけ早く払いのけるのがいい。)
 それにしても払いのける時手をやられていたら登れなかったかも。 

  そんなわけで朝っぱらからとんだ大騒動だった。仲間もこれはもう
 左岩稜は無理かもと一時は覚悟したかもしれない。 
  
  **

  私がようやく落ち着いたところで韮崎IC近くの病院から、茅ヶ岳登山
 口の方を回って、太刀岡山に行く。今日は3人です。
 駐車場から左岩稜全景が良く見える。平日で駐車場には他の車は
 なかった。左岩稜取り付までは近いのであらかた装備を着け、ロープ
 を担いで出発する。
 


  1ピッチ目のクラックの取り付き点に到着したのが8:40頃だった。
 上には核心のクラック5.9が見える。昨日雨が降ったらしく、登山道
 もかなり湿っていたし、土がしっかり濡れていて、壁のあちこちが
 ぬめっている。幸いクラック部分は問題ないようだが状態は悪い。
 所用を済ませに降りた左手の崖の上からは滝状に水が流れ落ちて
 いて気分を萎えさせられる。

  もともと私たちの力では厳しいクラックなので、何でもありで登ること
 にして、装備を整えカム類を揃えて私から取り付く。9時前頃か?
 ここは3段になっており、1段目は指もまともに入らないような細い
 クラックでマイクロカムを2つ噛ませて乗りあがる。ここも相当難しい。
 2段目は#1キャメを噛ませてさほど問題ない。

 


  問題は核心の上段5.9のクラック。ハンド以上に幅の広いクラック
 で、私はなかなか手のジャミングを決められなかった。もっと思い切り
 深く手を差し込んでジャミングするのがいいようだ。しかも左手の壁が
 右側に被さったように傾いているので、左足(左手)のジャミングが決
 められず上手く行かない。後から考えれば右手右足を基本にともかく
 ジャミングして、左手左足はそえながらそのままの形で擦りあがるのが
 良かったのではと思うのだが?
 どうにも上手くジャミングが決まらないので、カムにぶら下がりながら
 (カムが効いてなかったら怖いので何回も確認しながら)少しずつ上に
 上がるしかなかった。この部分に事前の情報でキャメロットの#3を
 3つ用意したが、それより小さいものも欲しかった。
 最後の1mほどはホールドがありなんとか登ることが出来たが、危うく
 力尽きるところだった。ムカデの痛みはどこかに吹っ飛んだ。
 (下Sさんの写真)

 

 


  湿った土のテラスに這い上がると、終了点にはしっかりしたボルトと
 残地のスリングがぶら下がっていた。もう9時半をまわっていたようだ。
 私は朝方たたき起こされたこともあったのか眠気が取れず、これだけ
 苦労して登ったら、もう十分という気持ちになるくらい疲れた。
 ともかく支点をセットし、ロープを引き上げる(これも凄く重く感じた)の
 も時間が掛かる。コールしてフォロー2人に登ってきてもらう。
 2人は途中テンションしたりしながらも順調に登ってきた。

 


  私は草臥れ果てたが2人は元気である。直ぐに次ぎの2ピッチ目に
 Sさんが取り付く。スタートしたのが10:05頃。
 ここは写真に見えるクラックの左手に大き目のクラックが並んで走って
 おり、ホールドにもなるところもある。これを上手く使ってSさんは順調に
 登っていく。
 ここも写真の細いクラックだけならかなり難しい登りになるだろうが、凹
 角なので足を突っ張れるか。

 


  上で支点がセットされたらフォローがスタートする。10:20頃。
 私はもう登る力はないのではと心配だったが、なんとか回復したよう
 で続いて登る。左のクラックはかなり広い。いろいろに使える。

 


  2ピッチ目終了点。10:45頃。3ピッチ目のビレイ。
 

 


  3ピッチ目はMさんがリードしてくれることになった。Mさんはガイド
 山行で何日か前にここを登ったばかりだが、ガイド山行ではリードは
 させてもらえない。クラックの練習をかなりやっているだけありさすが
 に順調にクラックを登っていく。こんなに上手いのならムカデに噛まれ
 おたおたしている私に代わって、1ピッチ目の切込みをやってくれれば
 良かったのにと思った。ところが前回、1ピッチ目のスタートの1段目
 細いクラック部分でフォローでも苦労したのだそうだ。今回もフォロー
 とはいうもののまったく問題なく登ったというのに。

 


  3ピッチ目はクラックを1段上がった先にチムニーがある。実はここ
 はこのチムニーも厄介なのである。Mさんもチムニーに挟まりこんだ
 状態から進むのに相当苦労しているようである。どうやらチムニーを
 上に抜けず、奥に抜けていったようだ。他のレポでも奥に抜けたという
 のがあった。下からはまったく見えないが奥のクラックを登っているら
 しい。隙間からちらりと姿の見えるところもあった。

 


  しばらくしてコールがあり、私、Sさんと続いて3ピッチ目に取り付く。
 決まらぬジャミングに苦労しながらクラックを登ると、確かにチムニー
 は下から見た感じ以上に狭い。体の幅よりほんの少し広いという程度。
 これをずり上がるのは猛烈に体力を消耗することは間違いない。
 ロープは先に抜けているので、ザックを先に出し、身体を壁に擦りつけ
 ながらチムニーを抜ける。少し太っているだけで嵌まり込んで抜けなく
 なりそうだと心配になるほどだ。幸い抜けることが出来た。

  抜けるともう一段のクラックがあり、上でMさんが立ち木でビレイし
 ている。このクラックもなかなか大変である。チムニー側の岩と登って
 いる岩との間が洞窟状になっていて、下に誰かが落としたギア類が
 いくつかあるが、降りたら登り返すのがえらいことになる。
 Mさんのビレイ支点(3ピッチ目の終了点)まで、リードからフォローが
 登り終わるまで約1時間程掛かったのだろう。2ピッチ目は少し早いが
 1ピッチ目もこれくらい掛かっているからこの3ピッチは大変だ。

  さてここからはフェースのクライミングとなる。次はようやく元気を取り
 戻した私の番で、ロープを入れ換えて取り付く。少し壁を登るとその後
 はただの歩きで4ピッチ目は終わる。
 繋げて進んでという声もかかったのでそのまま5ピッチ目に取り付く。
 ところが、4ピッチ目終了点から左手にクラック(これはそう問題ない)
 が立ち上がり、その先が右手に廻りこんでいく。ロープが逆Z状になる。

  一旦ロープが重くなったところで休んで下の2人と周りの写真を
 撮る。これが12時頃。
 


 


  もう少し進んでみたがロープは酷く重く、ヌンチャクも少なくなってきた。
 2人に声をかけ、4ピッチ目終了点先のクラックを登ってロープの屈曲
 が少なくなるところまで、2人に登って来てもらうことにした。支点は1本
 のハーケンで少々心配ではあったが、難しいところではないので。
 やはり4ピッチ目の終了点で一旦ピッチを切り、2人が登ってきてから
 5ピッチ目を続けて登るようにした方が良かったようだ。
 (写真はこの途中ビレイ地点の先、木のあるところが5ピッチ目の終了
 点で、更に先のトンガリが7ピッチ目のナイフリッジ、そして足元)

 


  2人が上がった所でまたロープを戻し、ビレイしてもらい先に進む。
 ここで余計な時間を使ってしまった。
 一旦岩が切れているところとかがある。それほど幅はないとはいえ
 下に空間があると結構怖いものでゆっくり跨ぎこす。(フォローとは
 いえ後のSさんがひょいとここを飛び越えたのにはびっくり。)
 高度感は半端ではないし、ボルトも少なくなってくる。
 しかし滑りにくい岩だしホールドはしっかりしているので快適に登って
 いける楽しいところだ。5ピッチ目の終了点にはリングボルトが3本
 並んで打ってある。支点をセットして2人に登ってきてもらう。

 


 


 


 


  2人が着いたのがもう13時に近くここは休めるので昼飯休憩。
 6ピッチ目はSさんのリード。結構立った垂壁でボルト、ハーケンが
 ほとんどないようだが、快適に登っていく。
 上でビレイの準備が出来たらMさんがフォローで続く。私も後を
 追いかける。素晴らしい高度感。

 


  7ピッチ目はMさんリード。ここもボルト、ハーケンがほとんどない
 ので、Mさんは適度にカムを噛ませながら登っていく。

 


  このトップが左岩稜のもう一つの象徴ナイフリッジである。
 


  フォローでSさんに続き私も7ピッチ目を登る。高度感満点の壁を
 登り、ナイフリッジ途中カメラを取り出せるところで先の2人を撮る。
 前方右が鋏岩の片側だ。Mさんも私を撮ってくれた。
 これが14:30頃。

 


 

 


  2人のいる場所に到着し、最後のリードは私だ。目の前の壁を登る
 のだが、壁の上の方にボルトが1本あるだけだった。そしてこの壁を
 越えれば後は歩きで祠のある終了点に着く。
 14:40頃。

 


  積み重なっている岩を支点として2人に登ってきてもらう。
 奥の景色も素晴らしい。

 


 


  鋏岩の頂上への壁登りは止めて、岩を廻りこむと登山道に出る。
 少し休憩。15時頃まで。

 


  登山道を降る。途中ハングした壁で単独で練習している人がいた。
 私らにはここのゲレンデは難度が高すぎて取り付けそうなルートは
 ほとんどない。それにしてもえらく難しそうな壁を1人で黙々と練習して
 いるなんて、クライミングに取り付かれた人は凄い。私にはほぼ理解
 不能な世界のようだ。
 30分かからずに麓に降りる。

 


  駐車場から夕景の左岩稜全景が見えた。
 


  思いもよらない事態で一時は中止かと思ったが、気分が悪くなるよ
 うなことにはならず、ともかく左岩稜に取り付け、登ることが出来た。
 明らかにここのクラックを登るには私は力不足で、途中敗退かと危う
 かったし、ほぼ無茶苦茶だった(ムカデの毒に酔った?)が一応登る
 ことが出来た。ほとんど仲間のお陰です。
 今度またチャンスがあれば、もう少しすっきりとクラック部分を登りたい
 ものである。基本練習不足ですよ。
 4ピッチ目以降のフェースの登りは、高度感があり素晴らしいところで
 これはマルチクライミングの好きな人にはたまらないところでしょう。
 しかしプロテクションが少なく、ランナウトするので、カムを噛ませられ
 ればもちろんいいが、それが不可のところを確実に落ちない登りをし
 なければならない。

  元気もののMさんはまた明日から出かける予定だとかいうことで、
 帰りを急ぐ。しかしこのところの悪天で天気の具合は怪しく、やはり
 途中で予定中止の連絡が入り慌てずともいいことになった。それでも
 平日で混雑はほとんどなかったので、早めに帰京できた。