甲斐駒ケ岳
黒戸尾根から甲斐駒ケ岳 14,3,21~23
昨年は8合目の上で撤退した、甲斐駒ケ岳に再挑戦
することになった。今回は七丈小屋に2泊する予定である。
なにせ黒戸尾根は長いので、2日目山頂に登り、これを
降るのは年寄りには大変だから。
今回は冬山に良く一緒に出かける顔見知りのメンバー
以外に新しい人が参加した。これが大変だった。
明らかに担いでいる荷が多すぎる。
雪は神社にも残っており昨年より(1週間早いこともある)
かなり多い。
吊橋を渡る。
尾白川渓谷との分岐。雪に埋まっている。
結構凍って厳しい斜面もあったが、その後日当りのいい
場所もあるのでアイゼンはまだ付けずに登る。
11時頃休憩。
日当りのいい斜面を過ぎて樹林帯を登る途中でアイ
ゼンを付けたと思う。
この写真11:50頃はまだ付けてない。
笹の平分岐点で12:40分を過ぎている。3時間も
掛かっているから、かなりペースが遅い。昨年はこの上
までまったく雪がなかった。
昨年はこの石塔の上の樹林帯でようやく再凍結した雪
が多くなりアイゼンを装着したくらいだった。
この辺りから大荷物のおっさんのペースが目に見えて落
ちてきた。前との間が開くのでおっさんの後ろの人達を
前に行かせる。
刃渡りに差し掛かる。14:40頃。
刃渡りを越えて少しで、おっさんが足に痙攣が来たとか
でへたり込んでしまった。しばらく前から足が進まないの
で最後尾で見ていた私は危ないなと思っていた。
前で引っ張っていたリーダーと相談し、ここでならまだ時
間もあるし、私が付いて下山させることにした。
ところがおっさんはしばらく休んで大丈夫行けると言い
だした。てっきりこれからが本番で厳しいのを知っている
のかと思ったのだが、実は夏にもここを登ったことはなく、
何の根拠もないただの気合だったと後で分かった。
まったく馬鹿な話だ。これからが厳しいのだし先に進んだ
ら、もう時間的にも戻るわけには行かないぞと念を押した
のだが、その意味がまったく分かっていなかったのだ。
こういう時は自分が感じ取った危機感で強引にでも降ろ
すべきだったのだ。しかしそうして無事下山したとすれば、
えてしてこういうおっさんほど「行けたはず」という根拠の
ない不満ばかりを残すことになっただろう。
結果から見れば、行けるというおっさんのただの気合が
どれだけアホで深刻な事態を引き起こすか、身に染みさ
せることになりいい教訓になっただろう。
お陰で付き合わされた私も相当辛い目に会わされたが。
悪いことにちょうどこのあたりから東北方面で発達した
低気圧の影響で、吹き返しの猛烈な風が吹き始め、気温
が急降下してきたのだ。
風はちょっとした台風並みに強かった。
私がおっさんを連れて降ろうとしたという手前もあり、
私が付き合うことになるわけで、ともかくおっさんを連れ
て進む。刀利天狗下の危ない梯子段を登る。
天狗にやっと上がる。写真からももう魂が抜けている。
15:40頃。
これから黒戸山を登るがまるで足が進まない。雪は降
るし風はますます強くなる。この間に水を3リットルも!
持っていると知って一本捨てさせた(情報も何も知らべて
ない、リーダーに問い合わせるなどしていない)が、荷物
の点検をして余分なものはデポさせれば良かった。
冬山の経験が少ないほど、心配になってあれもこれも
持ってくるというのはよくあることだ。今回は七丈小屋泊
だが、食料やシュラフを持っているし、私はロープも担い
でいる。皆普段よりは荷が多いので、相対的に目だたな
かったのだ。それにしても、尋常ではなく荷物が多かった。
そう感じた出始めにやるべきことだったのだろう。
しかしそんな人が参加するとは夢にも思ってもいない
から、事情を知らない私は凄い荷を担いでいるなと一瞬
感心したくらいだった。だが休むたびに外にぶら下げて
いる雑物(!)の扱いで手間取っている。何だこれは。
私が普通以上にゆっくり歩いても直ぐに間が開いてし
まう。間が開けば心配だから待つわけで、まるで運動に
ならず身体が暖まることがない。寒くて仕方がなくある
だけ着込む。
5合目まで1時間以上掛かったし、これからが黒戸尾根
の厳しさの本番である。垂直の梯子をはじめ凍りついた
鎖場が連続する。
もう16:45頃である。これから本当に大変だった。
おっさんを先に歩かせると、目の前でふらふらするわけ
でいつ落ちてこられるか危なくてとてもやってられない。
一時アンザイレンして進んだが、落ちられたら支えられ
そうにないので止めた。スタカットでは進まないし。
(結果的にはスタカット程度にしか進まなかったのだが。
ロープに繋がる経験もなかったようだ。)
風は台風並みに強く吹き、気温は下がり非常に寒い。
少し進めば間が開くので待ち、声が届くところで「暗くな
るぞ、頑張れ」と励まし声を枯らしながら進む。下手をす
るとこちらも限界になり、巻き添えになりそうだなと考え
るほどになってきた。
素敵な女性とならともかく、これまでただの一度も一緒
に山に登ったこともなく、たまたま出あっただけの、何も
知らないおっさんの遭難に巻き込まれて心中するのは
御免である。
しかし先に行ってしまって、おっさんが道に迷ったりした
らそれで最後だと思うから、自分の限界を本気で勘案す
ることになった。行くか待つか随分迷いながら進んだ。
ようやく7合目小屋へのトラバース手前の登りに入った
と確認できたので、先に小屋へ行く。もうすっかり暗く
なってしまった。小屋に着くとリーダーが他の皆を小屋に
入れて待っていたので、代わっておっさんを迎えに行って
もらう。リーダー隊も足が遅れ気味の人がいて、そう早く
着いた訳ではなかった様だ。
私たちが暗くなってようやく到着したので、小屋番の
オヤジさんは大変不機嫌だった。これは仕方がない。
しばらくして、(再度迎えに行く準備をしていたところで)
リーダーがおっさんの荷を担いで小屋に入ってきたとき
は本当にほっとした。
おっさんは疲労困憊の体である。
それにしてもどうしてこんなおっさんが、冬山の中でも
特に厳しい黒戸尾根の登りに参加するようなことになった
のか?私は知らないのだが、どうやらとんでもない推薦
をした人があったようなのだ。だが他人がどういおうと
まずは自分の目で確かめなければならなかった、という
のが改めての教訓。大荷物を担いできたときに、異常を
感知しなければならなかった。
気象条件がとりわけ厳しくなったので余計であるが、この
人のためにパーティー全体が危機に落ち入ることもあり
えた。こんなことは二度と御免である。
おっさんも熱いお灸をすえられたわけで、文句なくいい
薬になっただろう。強制的に下山させるべきではあったが、
痛い目に合わない限り多分また別なところで、パーティー
を危機に陥れるようなことをやっただろうから、これで
よかったのかもしれない。私はお陰で酷い目にあったが。
ともかく暖かい小屋に入れ、夕食に持って来た飛び切り
辛いカレーを食べ、少しのお酒を飲む。何であれとても
うまかった。
着いたのが遅かったので、シュラフの人、布団の人と分け
るのも面倒ということで、小屋番のオヤジさんが全員分の
布団を敷いた。暖かく寝れれば文句なし。
今回ばかりは酷く疲れた。
**
オヤジさんが明日も爆弾低気圧の影響が残るような事を
言っていて、また駄目かもと寝付いたが、夜中に目が覚め
て外に出てみると満天の星。風もない。
どうやら明日はいい天気のようだ。
22日快晴。疲れ果てたおっさんを小屋に残し、(行くとか
言いいだしたとしても絶対に連れては行かないが、とても
そんな元気はなさそうである)8名で山頂へアタックである。
昨日の苦労が報われたかのようないい天気で最高だ。
6:50頃には歩き出したと思う。隣の鳳凰三山の向こう
に富士山が見える。ここは歩き始めから急雪壁である。
ダケカンバの急坂を登っていく。
7:30頃には甲斐駒ケ岳山頂の一角が見えてくるし、
その向こうは北アルプスの山々。
今回の登攀メンバーである。(仲間の写真も)
8合目ご来迎場は8時少し前に通過する。
素晴らしい天気だ。
鳳凰三山と富士山、そして八ヶ岳連峰。
甲斐駒ケ岳山頂方向と左手には北岳。
少しで昨年撤退した山頂への取り付き点に着く。
ここで8:05頃だった。少し休憩する。
(続く)
昨年は8合目の上で撤退した、甲斐駒ケ岳に再挑戦
することになった。今回は七丈小屋に2泊する予定である。
なにせ黒戸尾根は長いので、2日目山頂に登り、これを
降るのは年寄りには大変だから。
今回は冬山に良く一緒に出かける顔見知りのメンバー
以外に新しい人が参加した。これが大変だった。
明らかに担いでいる荷が多すぎる。
雪は神社にも残っており昨年より(1週間早いこともある)
かなり多い。
吊橋を渡る。
尾白川渓谷との分岐。雪に埋まっている。
結構凍って厳しい斜面もあったが、その後日当りのいい
場所もあるのでアイゼンはまだ付けずに登る。
11時頃休憩。
日当りのいい斜面を過ぎて樹林帯を登る途中でアイ
ゼンを付けたと思う。
この写真11:50頃はまだ付けてない。
笹の平分岐点で12:40分を過ぎている。3時間も
掛かっているから、かなりペースが遅い。昨年はこの上
までまったく雪がなかった。
昨年はこの石塔の上の樹林帯でようやく再凍結した雪
が多くなりアイゼンを装着したくらいだった。
この辺りから大荷物のおっさんのペースが目に見えて落
ちてきた。前との間が開くのでおっさんの後ろの人達を
前に行かせる。
刃渡りに差し掛かる。14:40頃。
刃渡りを越えて少しで、おっさんが足に痙攣が来たとか
でへたり込んでしまった。しばらく前から足が進まないの
で最後尾で見ていた私は危ないなと思っていた。
前で引っ張っていたリーダーと相談し、ここでならまだ時
間もあるし、私が付いて下山させることにした。
ところがおっさんはしばらく休んで大丈夫行けると言い
だした。てっきりこれからが本番で厳しいのを知っている
のかと思ったのだが、実は夏にもここを登ったことはなく、
何の根拠もないただの気合だったと後で分かった。
まったく馬鹿な話だ。これからが厳しいのだし先に進んだ
ら、もう時間的にも戻るわけには行かないぞと念を押した
のだが、その意味がまったく分かっていなかったのだ。
こういう時は自分が感じ取った危機感で強引にでも降ろ
すべきだったのだ。しかしそうして無事下山したとすれば、
えてしてこういうおっさんほど「行けたはず」という根拠の
ない不満ばかりを残すことになっただろう。
結果から見れば、行けるというおっさんのただの気合が
どれだけアホで深刻な事態を引き起こすか、身に染みさ
せることになりいい教訓になっただろう。
お陰で付き合わされた私も相当辛い目に会わされたが。
悪いことにちょうどこのあたりから東北方面で発達した
低気圧の影響で、吹き返しの猛烈な風が吹き始め、気温
が急降下してきたのだ。
風はちょっとした台風並みに強かった。
私がおっさんを連れて降ろうとしたという手前もあり、
私が付き合うことになるわけで、ともかくおっさんを連れ
て進む。刀利天狗下の危ない梯子段を登る。
天狗にやっと上がる。写真からももう魂が抜けている。
15:40頃。
これから黒戸山を登るがまるで足が進まない。雪は降
るし風はますます強くなる。この間に水を3リットルも!
持っていると知って一本捨てさせた(情報も何も知らべて
ない、リーダーに問い合わせるなどしていない)が、荷物
の点検をして余分なものはデポさせれば良かった。
冬山の経験が少ないほど、心配になってあれもこれも
持ってくるというのはよくあることだ。今回は七丈小屋泊
だが、食料やシュラフを持っているし、私はロープも担い
でいる。皆普段よりは荷が多いので、相対的に目だたな
かったのだ。それにしても、尋常ではなく荷物が多かった。
そう感じた出始めにやるべきことだったのだろう。
しかしそんな人が参加するとは夢にも思ってもいない
から、事情を知らない私は凄い荷を担いでいるなと一瞬
感心したくらいだった。だが休むたびに外にぶら下げて
いる雑物(!)の扱いで手間取っている。何だこれは。
私が普通以上にゆっくり歩いても直ぐに間が開いてし
まう。間が開けば心配だから待つわけで、まるで運動に
ならず身体が暖まることがない。寒くて仕方がなくある
だけ着込む。
5合目まで1時間以上掛かったし、これからが黒戸尾根
の厳しさの本番である。垂直の梯子をはじめ凍りついた
鎖場が連続する。
もう16:45頃である。これから本当に大変だった。
おっさんを先に歩かせると、目の前でふらふらするわけ
でいつ落ちてこられるか危なくてとてもやってられない。
一時アンザイレンして進んだが、落ちられたら支えられ
そうにないので止めた。スタカットでは進まないし。
(結果的にはスタカット程度にしか進まなかったのだが。
ロープに繋がる経験もなかったようだ。)
風は台風並みに強く吹き、気温は下がり非常に寒い。
少し進めば間が開くので待ち、声が届くところで「暗くな
るぞ、頑張れ」と励まし声を枯らしながら進む。下手をす
るとこちらも限界になり、巻き添えになりそうだなと考え
るほどになってきた。
素敵な女性とならともかく、これまでただの一度も一緒
に山に登ったこともなく、たまたま出あっただけの、何も
知らないおっさんの遭難に巻き込まれて心中するのは
御免である。
しかし先に行ってしまって、おっさんが道に迷ったりした
らそれで最後だと思うから、自分の限界を本気で勘案す
ることになった。行くか待つか随分迷いながら進んだ。
ようやく7合目小屋へのトラバース手前の登りに入った
と確認できたので、先に小屋へ行く。もうすっかり暗く
なってしまった。小屋に着くとリーダーが他の皆を小屋に
入れて待っていたので、代わっておっさんを迎えに行って
もらう。リーダー隊も足が遅れ気味の人がいて、そう早く
着いた訳ではなかった様だ。
私たちが暗くなってようやく到着したので、小屋番の
オヤジさんは大変不機嫌だった。これは仕方がない。
しばらくして、(再度迎えに行く準備をしていたところで)
リーダーがおっさんの荷を担いで小屋に入ってきたとき
は本当にほっとした。
おっさんは疲労困憊の体である。
それにしてもどうしてこんなおっさんが、冬山の中でも
特に厳しい黒戸尾根の登りに参加するようなことになった
のか?私は知らないのだが、どうやらとんでもない推薦
をした人があったようなのだ。だが他人がどういおうと
まずは自分の目で確かめなければならなかった、という
のが改めての教訓。大荷物を担いできたときに、異常を
感知しなければならなかった。
気象条件がとりわけ厳しくなったので余計であるが、この
人のためにパーティー全体が危機に落ち入ることもあり
えた。こんなことは二度と御免である。
おっさんも熱いお灸をすえられたわけで、文句なくいい
薬になっただろう。強制的に下山させるべきではあったが、
痛い目に合わない限り多分また別なところで、パーティー
を危機に陥れるようなことをやっただろうから、これで
よかったのかもしれない。私はお陰で酷い目にあったが。
ともかく暖かい小屋に入れ、夕食に持って来た飛び切り
辛いカレーを食べ、少しのお酒を飲む。何であれとても
うまかった。
着いたのが遅かったので、シュラフの人、布団の人と分け
るのも面倒ということで、小屋番のオヤジさんが全員分の
布団を敷いた。暖かく寝れれば文句なし。
今回ばかりは酷く疲れた。
**
オヤジさんが明日も爆弾低気圧の影響が残るような事を
言っていて、また駄目かもと寝付いたが、夜中に目が覚め
て外に出てみると満天の星。風もない。
どうやら明日はいい天気のようだ。
22日快晴。疲れ果てたおっさんを小屋に残し、(行くとか
言いいだしたとしても絶対に連れては行かないが、とても
そんな元気はなさそうである)8名で山頂へアタックである。
昨日の苦労が報われたかのようないい天気で最高だ。
6:50頃には歩き出したと思う。隣の鳳凰三山の向こう
に富士山が見える。ここは歩き始めから急雪壁である。
ダケカンバの急坂を登っていく。
7:30頃には甲斐駒ケ岳山頂の一角が見えてくるし、
その向こうは北アルプスの山々。
今回の登攀メンバーである。(仲間の写真も)
8合目ご来迎場は8時少し前に通過する。
素晴らしい天気だ。
鳳凰三山と富士山、そして八ヶ岳連峰。
甲斐駒ケ岳山頂方向と左手には北岳。
少しで昨年撤退した山頂への取り付き点に着く。
ここで8:05頃だった。少し休憩する。
(続く)