エコ・生態系 ① | 鬼川の日誌

 エコ・生態系 ①

   「誤解だらけの生態系」 その1



  今はエコとか生態系もしくは生物多様性とかいう言葉が大流行で、
 「地球にやさしい」というのが商品コマーシャルに頻繁に現れ、「環境に
 負荷をかけない」とも言われるのであるが、ムード的な言葉でいったい
 何を意味しているのか必ずしもよく分からない。
 エコだの生物多様性だのいっても中身はごった煮の雑炊状態。
 
  大震災以降は節電=エコという形でキーワードになっている。
 大まかにはCO2(二酸化炭素)の排出を抑えることがエコの代名詞と
 され、原子力発電が火力発電などに比べCO2の排出が少ないから
 クリーンだ、などという度外れた主張が平気でまかり通るなど、ほとんど
 デタラメといえる現状である。
 福島原発の悪夢のような原子力災害で、原子力は「クリーン」だなどと
 いう大嘘が事実によって暴かれ、公言されなくなったようであるが。

  ここでは花里孝幸という生態学者の『自然はそんなにヤワじゃない』
 (誤解だらけの生態系)、新潮選書、という本を紹介しながら生態系に
 ついての思い違い(自分も含め)を考えてみたい。


  * ミヤマキンポウゲとマルバダケブキ

  「ブラックバスは排除し、サケの放流は推奨する。トキの心配はする
 が、そのエサとなっている希少なカエルには冷たい。
 ご都合主義の生態系観には枚挙にいとまがない。人は、かわいい
 動物、有益な植物はありがたがり、醜い生き物、見えない微生物は
 冷遇しがちだ。人類が生き延びるには、生物の多様性を心配する
 より、公平な生態系観を確立することが大切なのだ。」
 これが著者の主張の核心のようです。
 
  一つの例を挙げると近頃山間地での鹿の食害の話がある。
 これは農作物ばかりではなく、自然植生にも強く及び始め様々な
 ところで問題を生じているのはご存知の通り。
 丹沢の山によく出かける人は、立ち木の皮が剥かれて酷い有様に
 なっているのをしばしば見かけていることでしょう。

  南アルプスでも鹿が増え、お花畑の植物を食い荒らしているそうだ。
 私たち山屋にはおなじみの「高山植物、ミヤマキンポウゲやホソバ
 トリカブトなどが鹿に食べられてしまい、鹿に嫌われるマルバダケブキ
 やバイケイソウが著しく優占するようになったというのである。」

  (ミヤマキンポウゲにしろホソバトリカブトにしろ私は毒草と思って
 いたので、鹿に食べられるとは知らなかった。)

  「そこで、鹿を捕獲して生息数を制限する取り組みが始まっている。
 このことには私も賛成である。しかし、植物に及ぼす鹿の影響の考え
 方には疑問を感じている。」

  この鹿の食害の話を聞けば「多くの人は、マルバダケブキは悪環境
 でもしぶとく生き抜く植物で、ミヤマキンポウゲやホソバトリカブトは
 環境変化に弱い可憐な植物というイメージを持つのではないだろうか。
 そして、その可憐な植物は、人の手で守ってあげなければならないと
 考える人もいるだろう。
 ところが、これは生物を差別した考え方だと私は思う。」

  そもそも鹿がやってくる前は、南アルプスのお花畑ではマルバダケ
 ブキは優占種にはなれなかった。
 「なぜだろうか。それは、マルバダケブキがそこにつくられた環境の下
 では、ミヤマキンポウゲやホソバトリカブトとの競争に勝てなかった
 からなのだ。すなわち、後者は、お花畑では競争に強い植物であり、
 人間が手を差し伸べなければ生きていけない可憐な存在では
 なかったのだ。むしろ、マルバダケブキの方が、お花畑でじっと競争
 に耐えながら、自分が優占できる環境がつくられるまで細々と暮らし
 ていたのである。」

鬼川の山行日誌


         南アルプス北岳のミヤマキンポウゲ(シナノキンバイ)
         の大群落。(11,7,13撮影)
         コバイケイソウがところどころで頑張っている。
         マルバダケブキはここには見られない。


  * 大型ミジンコと小型ミジンコ

  農地や高地のお花畑のように、鹿の食害は多くの人の注目を引き、
 問題を起こす鹿の個体数を制限しようとする。
 ところが湖ではブラックバスなど一部の魚を除き、魚が増えても
 (魚を放流しても)大概の人には何の問題意識も生じない。

  ほとんどの人は水の中にいるミジンコの存在を意識していない。
 しかし湖の中の微小な生物たちは人間活動の影響を強く受けている。

  「たとえば人間の手によって湖に魚が放流されると、大型のミジンコ
 は魚に食い尽くされてしまい、湖から姿を消すことがしばしば観察
 されている。そうなるとそれまで大型ミジンコに競争で負けていた小型
 のミジンコが個体数を増やし、湖の中で優占するようになる。
 すなわちミジンコ群集全体の種組成が変化するのだ。」

  するとミジンコの種によって食べる餌の大きさや種類、そして餌を
 食べる速度が異なるので、その群集の変化は餌となる植物プランク
 トンや原生動物、細菌などの微生物群集にも影響を及ぼすことになる。
 すなわち湖に放流された魚は、湖水中の微生物群集全体に影響を
 与えることにより、魚を含めた湖の生態系全体を大きく変化させるの
 である。

  「ミヤマキンポウゲやホソバトリカブトとマルバダケブキ、そしてこの
 植物たちを選択的に食べる捕食者の鹿の関係は、・・湖における
 大型ミジンコ、小型ミジンコ、そして魚の関係と全く同じである。」

  しかしながら鹿の食害によるきれいな花の衰退とその環境における
 種組成の変化、つまり生態系の変化には興味を持っても、それと同じ
 意味を持つ、魚の放流による湖の生態系の変化には何らの問題意識
 も持たない。
 「これは、人々が食物連鎖で魚とつながっているプランクトンを微生物
 として軽んじている証拠だろう。」

  要するに私たちの生態系観はまったく公平ではないのだ。