西欧の中世 1 | 鬼川の日誌

 西欧の中世 1

  『中世の星の下で』  阿部謹也 ちくま文庫

 

 

 

  西欧の中世について学ぶのも、日本の中世について学ぶのと同じく、「人類

 社会に共通した歩み」を発見し、人類の歴史(西欧、日本)を「新たな視野

 の下にとらえ直し」、人間とは何か(西欧人とは?日本人とは?)を探って

 いくというこれまでのテーマに沿うものです。

  *
  このような本に出会えると素直に書いた人は凄いと思う。著者の真摯な学問

 的探求の姿勢には感銘するほかない。

  著者の言葉を借りれば

 「私がかねてから考えている社会史の構想をわかりやすくいえば『人間と人間の

 関係のあり方の変化を探る』ことである。」
 
 たとえば
  「子供と女性、老人と死こそは現在多くの人々の心を占めている問題であり、

 西欧と日本とを問わず、中世史への関心の根底にこの4つのテーマがひそんで

 いるのである。
 
  この4つの主題はすべて目に見えない絆によって支えられているものである。

 武力と財力、権力と野心とは縁遠い4つの主題が歴史の表舞台に登場するとき、

 歴史の書き換えが必要になる。
 
  歴史はこれまでモノの生産と権力を主題として叙述されてきたが、この4つの

 主題が前面へ出されるとき、歴史はモノを媒介とする人と人との関係と重なり

 合う目に見えない絆で結ばれた人と人との関係の変化に注目して描かれること

 になるだろう。」というのである。 (「中世への関心」)

  「私は人間と人間の関係のあり方の違いがそれぞれの文化の根源にあって、

 その文化の特徴を生み出していると考えている。そして人間と人間の関係の

 あり方はモノを媒介とする関係と目に見えない絆によって結ばれた関係から

 成り立っており、この二つの関係の違いが各文化圏の人間関係の違いを生み、

 それぞれの文化の特徴をかたちづくり、ときには相互の理解を妨げる原因とも

 なっている。」

  「抽象的な議論をさけるために、具体的なモノに絞って考察する」この本の

 すべての章が具体的に展開されている。

  「たとえばヨーロッパ中世・近代を通じて最大の建造物といってよい、カテ

 ドラル・・(を)素材と」して「カテドラルの世界」に一章が割かれている。

  「ヨーロッパの町を旅した人なら誰でもロマネスクやゴシック建築の天を摩

 する偉容に目を奪われたであろう。ときには大伽藍の尖塔から響き渡る鐘の

 交響楽につつまれて日本とは異質な空間にいる自分を発見し、異国の旅の実感

 をあらたにするかもしれない。」

  「一体どのような必要があって、またどのような社会的並びに財政的基盤の

 上で、数十年あるいは数世紀にも及ぶ大工事が可能となったのか」を問い、

 それが明らかにされている。
  それは極めて明快で明晰であり、爽快感が味わえる。
  
  私は自分の覚書のために紹介するつもりだけれど、著者の文章そのものが

 素晴らしいので味わって読んでもらうしかない。
    

  **
  ところで日本中世史との関係で
 解説 「社会史研究の魅力」 と題して網野善彦は次のように記している。

  阿部氏は
  ヨーロッパ社会の大きな構造転換が「人と人との関係のあり方を古来長期に

 わたって規定してきた贈与慣行が売買による関係に転換してゆく」11世紀に

 あること、この転換に決定的な役割を果たしたのが、キリスト教の伝道と社会

 への浸であったことを明らかにした。

  最近の阿部氏はさらに進んで・・中世人の生きていた家を中心とする小宇宙

 と、病、死、動物など自然そのものともいうべき大宇宙という二つの宇宙が、

 キリスト教の浸透を通じて一つの宇宙に一元化されていく転換ととらえ直し、

 かつてこの二つの宇宙と関わりを持つことによって、小宇宙の人々から畏怖さ

 れていた皮はぎ、死刑執行人、風呂屋、外科医等の人々がこうした一元化と

 ともに、賎視され、賎民となるという、きわめて雄大な構想を 提示するにい

 たっている。

  阿部氏の問題提起の射程は、単にヨーロッパ社会のみにとどまるものでなく、

 ひろく人間社会そのものの変化、転換の本質にまで及んでいる。実際、日本

 の社会の歴史において、14世紀の動乱ー南北朝の動乱を一つの契機として

 こった社会構造の大きな転換は、阿部氏の指摘するヨーロッパ社会のそれと、

 かなり細かな点まで酷似するといっても決して過言ではない。

  もとより日本の社会にはキリスト教のような宗教が成熟せず、被差別部落に

 対する陰湿な差別が長く続くなど、重要な差異もあるとはいえ、時と場所を

 はるかに隔てたこの二つの社会の構造転換の著しい類似は、阿部氏の構想を

 さらに他の民族社会に及ぼして考えてみることによって、人類社会に共通した

 歴史の歩みを、新たな視野の下にとらえ直すという課題の解決に大きな希望を

 与える事実といってよかろう。

 

  (続)