いま、私の手元に『ふくしまの城』（鈴木啓：歴史春秋出版）という本があります。
福島県の出版社が2002年に刊行したもので、当時県内で確認されていた1800を超える城館跡から特に23カ所を選んで解説を加えた内容です。
学生のころから私の城好きを知る知人がこの本を紹介してくれて、まだ見ぬみちのくの城跡に思いを馳せながら貪り読んだものです。
あの東日本大震災からほどない頃、棚の奥に眠っていたこの本を久しぶりに再発見したとき、タイムカプセルを見つけたような歓びとともに読み進めるうち、なんとも悲しい気分になったのを覚えています。
紹介されていた城跡のうちいくつかは、今や訪れることができない場所になっていたからです。
それらは福島第一原発から20km圏内にある城跡たち。
震災に伴う原発事故の影響で警戒区域に指定され、立ち入りが制限されているエリアにあったのです。
たとえば、天神山城（双葉郡楢葉町）。
この城は史料に確実な記録がなく、「謎の城」と言われながらも縄張りの形態や遺構の残り方から「城郭史上きわめて貴重な遺構」と紹介されています。
関西で目にする情報からは、遠い彼方の福島で起こっている状況は「とにかく深刻らしい」程度にしかわからなかった、震災直後。原発20km圏内などいつ入れるのか見当もつかず、いや、もしかしたら生きているうちには無理なんじゃないか…みたいな気分にさせる報道の中で、そんな記述をみるにつけ、なおさら強い哀愁のような気持ちが湧き上がってきて仕方がなかったのでした。
それが昨年ごろから避難区域の再編成が進んでいたようで、原発20km圏内の立ち入り制限が解除されたと聞いたときは、本当に希望を見いだす思いでした。
なので、行ってきました。天神山城に。
20km圏内が立ち入り制限されていた頃は検問が張られていたらしいJヴィレッジあたりを抜け、さらに北上。この辺りからは、まだまだ震災の傷痕がそのままになっている場所も多いようです。
天神山城のあった辺りは、天神岬スポーツ公園となっています。
南側は川に面した断崖になっており、いかにも城取りに目をつけられそうな地勢ですね。
眼下に流れるのは木戸川。震災のとき、津波が川を遡上して住戸もろとも飲み込んでいった映像がありましたが、どうやらここから撮られたものだったようです。周囲のあちこちに黒い袋が積まれているのは、除染作業が進んでいるから。
遠景に見えるのは原発ではなく、広野火力発電所です。
私が訪れたとき、家族連れらしい一団がクルマで連れだって、私と同じように眼下の光景を眺めていました。
元住民の方だったのでしょうか。終始無言で、祖父母らしき高齢者も、孫らしき子供たちも、全員が装着していた白いマスクが、まだ予断を許さない状況を思い出させるようで、やたら眩しく見えたのが印象に残っています。
ちなみに城跡に設けられたモニタリングポストの値は、こんな感じ。
少し手前の広野町で0.17μSv/ｈほどだったので、この辺りはやや線量が高くなっているようです。
しかし、城跡はしっかり整備されて残っていました。
本丸らしき曲輪内には、延慶元年（1308）創建といわれる北田天満宮が鎮座。
堀は浅いですが、土塁も横矢掛かりも明瞭。
縄張りからみて戦国最末期のものだろう、位しかわかっていない遺構ながら、とても技巧的です。
何よりここが荒れることもなく、これほどきれいに整備されていることには感動すら覚えます。
日頃参考にさせて頂いている＜余湖くんのお城のページ＞では「陣城ではないか？」と推測されていますが、そういわれれば賤ヶ岳合戦の際に柴田勝家の本陣だった玄蕃尾城（滋賀県）を思わせる雰囲気もあり。
戦国期は岩城氏と相馬氏の勢力が向き合う地帯だったこともあり、立地からすると相馬方の手による築城だったかも…など、城めぐらーとしてはいろいろと空想も交えながら、実に楽しい城歩きになること請け合いの場所です。
城跡のすぐ隣には、きれいな梅園がありました。
誰もいません。でも、青空のもとでしっかり花をつけた枝ぶりを見上げていると、もしかしたらあの震災報道も津波も原発事故も、ぜんぶ私の夢のなかのお話で、視線を下に戻せば、さっきの家族連れなんかがあちこちでお弁当を広げてるんじゃないだろうか…
なんて、捨てがたい願望交じりの妄想が広がって、足が止まっていました。
おっと。これは私の悪いクセでして。現実にかえらねば。
現実にかえれば、まず腹が減るもので。
天神山城のある楢葉町から車で20分ほど南下した久ノ浜町に、復興商店街『浜風商店街』が設置されているとの情報を得て、寄り道してみました。
ここの『からすや食堂』は味が良いと聞き、味噌ラーメンと餃子を注文。白みそを使ったあっさりタイプの味噌ラーメンが関西人の私には珍しく、野菜もたっぷりでおいしい！
どうやら人気店らしく、10数人がやっと入る程度の店内には張り巡らされた有名タレントのサイン。そして、斜向かいに座ったお姉さんが髪をまとめてうまそうに食べるカツカレーを横目に見つつ、残った汁をすすってごちそう様をしたのでした。
訪れたところ
【天神山城跡】福島県楢葉町北田字上ノ原 天神岬スポーツ公園内
【浜風商店街】福島県いわき市久ノ浜町字糠塚15 久ノ浜第一小学校内