他人を欺くにはまず自分から | “迷い”と“願い”の街角で

“迷い”と“願い”の街角で

確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

人間誰しも、大なり小なり嘘をつくものです。
また、嘘が上手い人もいれば、下手な人もいます。

では、嘘を上手くつくには、どうしたらいいのでしょうか。
昔、田村正和さん主演の「警部補 古畑任三郎」で、全てを嘘で塗り固めず、本当のことを織り交ぜながら嘘をつくとばれにくく、そのような意味で、正直者ほど嘘が上手いというような話があり、一理ありそうです。
また、敵を欺くにはまず味方からという言葉もあります。嘘と自覚しない嘘を他人につかせるということでしょうか。それでも、まず味方をどのように騙すかという問題があります。

個人的な経験で、容易に嘘と分からない嘘をつく人と何回か出会いました。
共通するのは、本人自身が自分の嘘を信じているような状態にあったことです。
厳密には、嘘とはいえないのかもしれません。少なくとも、意識的には、自分が嘘をついているという自覚がないのですから。
他人を欺くにはまず自分から、といったところでしょうか。
 
見たいものしか見ず、聴きたいものしか聴かず、現実をありのままに受け入れずに、曲解し、それをまず自分自身に信じ込ませます。
傷付きたくない一心で、半ば無意識でやっているのでしょう。

本人に嘘をついている自覚がないのですから、その態度に不自然さはありません。
ただ、よくよく聴くと、内容に矛盾があったりします。
しかし、本人に自覚がない以上、矛盾を指摘しても、認めようがありません。
自分でも気付かないように、本音を心の底に押し隠し、自分自身で信じ込ませた嘘を主張し続けます。

話し合おうにも、相手は本音を押し隠しているので、話し合いが成立しません。
表面の嘘を指摘しても、言い訳に言い訳を重ねるだけで核心に迫れず、不毛なやり取りが続きます。
本音を押し隠して生きる人が社会に増えたとき、建設的な議論や人間関係の構築は期待できなくなり、不毛な争いばかりが溢れることでしょう。

各人が自分に正直に、その前提として自分に優しくあることが重要ではないでしょうか。
自分にも、他人にも寛容さをなくした社会は、瓦解にしか向かわないように思います。