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さて、近時、「道州制」の議論が活発です。一口に「道州制」と言っても形態は様々でしょうが、近時想定されているのは、都道府県を合併しより大きな組織(道、州)にして、国の権限を委譲するというものです。
ところで、話は変わりますが、憲法には「地方公共団体」についての規定があり、そのあり方が定められています。しかしながら、現在「地方公共団体」と呼ばれているものの中には、この憲法上の「地方公共団体」ではないものが含まれています。
都道府県や市町村は、当然憲法上の「地方公共団体」です。ところが、東京23区、これについて最高裁(最判昭和38年3月27日刑集17巻2号121頁)は、憲法上の「地方公共団体」ではないとしたのです。その結果、憲法の規定は適用されず、憲法上の「地方公共団体」であれば長は選挙で選ばれるところ、東京23区の区長は選挙で選ばれる必要はないこととなったのです。
現に一時期、23区の区長は選挙を経ずに任命されていました。現在では、公選制になっていますが、判例上は今でも選挙で選ばれる必要はないこととなっています。
さて、最高裁は、その時、憲法上の「地方公共団体」というために必要な条件を上げ、23区はそれに当たらないとしました。その条件というのが、「事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識を持っているという社会的基盤が存在し、沿革的に見ても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を付与された地域団体であることを必要とする」というものです。
この判例についても問題はありそうですが、今日は別の観点から考えます。
東京23区でさえ否定されたこの条件、道州制における道や州に当てはまるのでしょうか。いくつもの都道府県を合体させた州に「経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識を持っているという社会的基盤が存在」するといえるのでしょうか。
そもそも、法律論以前に、今まで慣れ親しんだ県が、他の県と合併するというのは、住民にとっては一大事だと思います。実際事が起これば、様々な実利上の問題が発生するのは当然でしょうが、そこに住む者としての精神面の影響も大きいのではないでしょうか。
そんな大きな問題にもかかわらず、国民レベルでの議論を置き去りにしたまま、政治レベルでの議論だけが軽い雰囲気で盛り上がっているようにも感じます。全国民に大きな影響を与える問題の重さ大きさと、議論される範囲の狭さと調子の軽さのギャップに、非現実性を感じざるを得ません。
「道州制」という観念、言葉だけが浮き足立ってはいないでしょうか。これに限らず、理念や概念だけが、現実から乖離して踊るような議論が多くなされてはいないでしょうか。
転換期にある日本ですが、地に足ついたリアリティある議論が求められているように思います。