愛国心より深いところで:WBCに思う | “迷い”と“願い”の街角で

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確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

若干ネタとして古くなり始めていますが、WBCについての記事を書きたいと思います。


王ジャパンの見事な優勝で幕を閉じたWBCであり、選手の数々の好プレーが光りました。全般を通じて、やはりイチロー選手はさすがという感じでしたし、MVPに輝いた松坂投手、また、準決勝の韓国戦の上原投手の好投は素晴らしかったのではないでしょうか。


ところで、しばしばメディアで取り上げられたのは、イチロー選手の意外な一面でした。クールやわがままというイメージの強かったイチロー選手が、チームの中心となり、チームを大事にし、日本を背負って気迫ある活躍する姿は、確かに、印象的でした。


「愛国心」。しばしば問題とされるこれを、イチロー選手の活躍に見て、感動した人も多いと思います。


私自身、「愛国心」は、毒にも薬にもなるものだろうと思っています。イチロー選手に見えた「愛国心」は正の部分が際立っていました。負の部分が際立った場合は、誰もが承知するところでしょう。「正」となるか「負」となるかの境目は、もっと人間の根源的な部分のように思います。「思いやり」や「情熱」など正の感情の上に成り立つ愛国心は、正となり、「欲望」や「傲慢」など負の感情の上に成り立つ愛国心は負となるのではないでしょうか。


そのような意味で、王ジャパンの活躍に日本中が感動する一方で、WBCを辞退した松井選手に対する「裏切り者」のレッテルや、準決勝進出が閉ざされかけた時に若干目に付いたバッシングに近い日本代表に対する批判には気になるものがあります。


人がしっかりと「人としての道」を進むことではないでしょうか。イチロー選手の愛国心は、それに裏打ちされていたからこそ、感動を呼ぶものになったのではないかと思うのです。