手に入れること | “迷い”と“願い”の街角で

“迷い”と“願い”の街角で

確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

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熊本に来たら必ず行きたい所、阿蘇山に今日は行ってきました。阿蘇の雄大な景色はいずれも素晴らしいのですが、特に好きなのは、やはり火口です。初めて見たのは中学生のときでしたが、その想像以上のスケールに圧倒されました。

それ以来、毎回火口には行くのですが、前回そして今回は、ある不覚をとってしまいました。写真に夢中で、まずは我が目に焼き付け、その環境全体から感じることを二の次にしてしまった気がするのです。

後悔のような念が起こりましたが、ふと別な考えも頭に浮かびました。写真にしろ、見て感じることにしろ、何かを「手に入れる」つもりで接するからこそ、変に気負って後悔するのではないかというものです。

気負うことなく、自然体のままいればいいのではないしょうか。自然と何かを感じとることもあるでしょうし、そういった自然に感じることが真に貴重な体験なのではないでしょうか。

いずれにせよ、大自然の営みの中、人は様々なものを与えられているのであり、何かを手に入れようと躍起になるのではなく、その貴重な恩恵に感謝することが大切なのかとも思います。