皆様、こんばんは。おだろーです。

本日もお越し頂き、本当にありがとうございますおねがい愛

 

こんな時間なんだけどね、

(日曜23時過ぎ爆笑

明日からまた一週間の始まりです。

 

そんな今日にどうしても、

お伝えしたいことが出来たので

ブログ更新しちゃいます。

 

”明日からまた一週間…”

なんて溜息もでちゃいそうなあなたは是非、

お付き合いを下さいね。

 

ギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザギザ

 

知人が、どうやら『適応障害』らしい。

 

彼はまだ20代。

大手の飲食店にて責任者を任されていた。

 

彼はとても優しくそして、真面目だ。

一人、我らの住むこの地、大阪を離れ、

見知らぬ地でたった一人、

企業の為にと昼夜問わず

仕事に邁進していた様だ。

 

若い彼には気力、体力、責任感が

どれ程みなぎっていたかなど

想像するには余りある。

 

           長音記号2

 

私事で大変恐縮ではあるのだが実は、

昨年夏

『適応障害』

(↑うつ状態の診断と同じだよOK

との診断を受けていたのは

何を隠そう私である。

 

”やだ~!雅子さま?

え?深キョンとかも一緒じゃん~~照れ♪”

とか、頬を赤くしている場合などでは

…ない。

 

勿論、上記の彼の如く

私が若いだとか

優しいだとか

一人見知らぬ土地でとか

そんな事を言いたい訳ではない。

 

ただ

真面目なんだ。

 

え!?

おだろーが?

真面目?????

 

異論は認めますっ!!!チュー

 

イメージとは異なり過ぎて

「いやいやいや…」

と突っ込みを入れたくなるアナタ。

 

ええんです。

イメージとはかけ離れているところで

人は生きていたりするもんです照れ

 

でね、

心療内科に連れてかれたその朝、

以前からの私の異変に気づいていたのは娘だった。

 

朝、身支度を整える為、

洗面所の椅子に座るんだけど…

 

動けない。

 

時間はどんどん過ぎてゆき、

”早くしなくちゃ!”

という思いと裏腹に身体が…

 

動かない。

 

その朝、たまたま起床した娘が

椅子にボーっとただ座っている私を見て

「…ママ、どうした?」

と声を掛けた。

 

娘の声にハッとした私なんだけど、

「動けない、動けないねん…」

とだけ伝えた後、

ひたすら涙が溢れて止まらなくて

…泣いた。

 

娘は

「最近ずっとおかしかったよ。

…一緒に病院へ行こう」

と私に言い

その朝、

強制連行されたのは

『心療内科』

だった。

 

身体が思うように動かない、

ずっとしんどくて疲れがとれない。

夜、眠れない。

という自覚はあったものの

私はてっきり身体的体調不良であり、

『内科』

への連行であると思っていた。

 

しかして…ガーン

 

            長音記号2

 

心療内科のDr.は、

「がんばり過ぎたのでしょう。

しばらくゆっくり休みませんか?

…このままでは本当の病気に…

なってしまうよ」

そう仰って、優しい笑みを浮かべられた。

 

”がんばり過ぎ?

この私が?

がんばれない自分にイライラして

がんばれない自分が嫌で嫌で大嫌いで、

もっともっと…

がんばらなくちゃダメじゃない私!!!”

 

そう思って生きてきたのに…

ずっとそうやって…

生きてきたのに…

私が…

がんばり過ぎだって?????”

 

そんな思いがココロを駆け巡りながらでも、

診察室の中で溢れる涙を

私は止めることができなかった。

 

「もう… がんばれないんです…」

精一杯、先生に伝えきれる言葉はたった

これだけだった。

 

           長音記号2

 

『生まれもっての気質』

というものに加わり、

大抵の人間は

『成育歴』

に大きく支配されているものだと

心理学の世界ではそう伝えられている。

 

私は幼少の頃からずっと

大人の顔色をうかがって生きる子どもだった。

 

私が真面目に生きていれば、

大人達は機嫌がいい。

 

「はい!」

と言うことを聞いてがんばっていれば、

「いい子」

というレッテルだって貼ってくれるというものだ。

 

「いい子」

という大人達からのレッテルは、

元来、真面目気質

怖がり気質の私にとって

こんなに心地の良いものは

…なかった。

 

             長音記号2

 

適応障害というものは、

半年~3年程度の時を隔ててまた

ストレスの原因となる環境から離れたところに

身を置くことで

ゆっくりゆっくりと治癒に向かうのだという。

 

携帯電話の充電器によく例えられてはいるのだが、

錆びついた充電器ではすぐに充電が枯渇してしまう。

 

充電器そのものを新しいものに取り換える、

そんな気持ちでリフレッシュに十分な時間と休息が

必要なんだとか。

 

              長音記号2

 

正直にお話をすると適応障害という時間の中では、

”生きる”

という活力さえ

全く無くしてしまう。

 

もう、これからの未来に

『光』

が見つけられなくなってしまうんだ。

 

ただただ

気怠く重い身体を引きずり

朝の陽ざしと深夜の闇の時間の中で

一人、鬱々とした時間経過だけを生きている。

 

…そんな感じだ。

 

              長音記号2

 

私は多分、

暗闇の中には

もういない。

 

大切な家族に

支えられて

この暗闇を

抜けることができたと思う。

 

適応障害という時間経過の中で勃発した

最愛のニャーの闘病と余命宣告、

そして訪れた、死。大泣き

 

苦しみや悲しみは

幾重にも幾重にも重なって

私のココロと身体を蝕んだ。

 

でもね、でも…

 

こういった時間がなければきっと、

自分はどう生き

どう死に

その大切な限りある時間を

誰の何の為に捧げるのか…

 

そうやって自分自身と正面切って

向き合えることは無かったのかも

知れない。

 

こうしてまた、

ブログを書くなんてことだって

もしかしたらもう…

 

無かったのかも

知れない。

 

苦しみや悲しみは

大きく人を成長させる。

 

その言葉が自分自身に当てはまっているのか否か。

 

それは私には

分からない。

 

ただ…

命というもの。

 

生きるということ。

 

それらの重みに関しては

たくさんのお伝えしたいことができたんだ。

 

自分自身の『生きる』ということを

深く深く考えることができる時間。

 

こんな大切な時間を授けてもらえる、

『ゆっくり休んで自分と向き合いなさい』

そう言ってもらえる…

 

そんな時間が

『適応障害』

であり、

 

また他にも

健康を害する時間というものは

『自分の本当に大切なもの』

『自分の大切な限られた時間』

というものに

向き合わせてもらえる貴重な機会なんじゃないかな?

 

なんて思うのです。

 

真面目にはメリットがない。

それを巧みに利用しようとする人間の

いいカモにされるだけ。

 

なんて、そんなご意見もあるのですが、

そんな中から神様は、

自分と向き合うことのできる大切な時間というプレゼントを

真面目人間には用意してくれているんだな…

 

なんて、思う最近なのでありました。

 

それでも

『真面目は損』

『自分を病気に追い込んだあいつが悪い!』

だなんて

まだまだあなたは…

 

思うので…

しょうか?ウインク